例えば秘密のノートに記すように。

cancion-de-la-abeja(みつばちのささやき)          

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それでも


 ロッカー箪笥をばらした。壱度書架をばらしているので、不器用な自分にしてはそれほど手際が悪くなかったと想う。床壱面新聞紙を敷き、始めから終わりまで部屋の中で作業してしまった。
 古くなったからただ処分するんじゃないの、ふたりの新しい暮らしを始める為に処分しなければならないものがあるの。そうあたしが言えば、ああ・・・と彼は言葉少なに応えるだろう。
 それでもぼろぼろ泣いて・・・。泣いてもいつか海まで流れていくのだろうかと想った。

 いろいろなものが自分の中で繋がっている。だからひとつでも無くすとなると泣いてしまう。無くすことも何処かへ繋がっているのだと想いながら、それでも泣く。
 今夜部屋を抜け出して海まで行きたいけれど、すっかり人が怖くなってしまった。此の部屋が海にならないだろうか。ロッカー箪笥を無くし空間ができた部屋。最後に大胆に模様替えをしようか。それはそれでまた泣くのだろうけれど。
 淋しいのでなく悲しいのでもなく、胸がいっぱいになる此の感情をどの言葉で言い表せばいいのだろう。

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朱夏


 此の夏ミンミン蝉の声を初めて聞いた。桂の樹に止まり鳴いていた。傍には紅色の濃い百日紅が咲いていた。
 鬼百合は終え鉄砲百合も終わりそうな捌月の始まりに、赤い鶏頭の花を買って帰る。盆に用意するのは赤い蝋燭と住職に教えられ、赤い蓮の花を模した蝋燭も買った。
 朱いカンナの咲く道をもう壱度歩きたいだの金魚をもう壱度飼いたいだのと、遠い日を想う。伯父の家の軍鶏はみな売ってしまったと聞いた日、朝早くから起こされる苦痛も忘れあたしはがっかりした。
 毒がなさそうなありそうなサルビアの蜜をちょっと舐めて舌を出す。空は雲がいっぱいに拡がり焼けた肩を気にして木陰に飛び込む。たったそれだけのことが嬉しい夏。氷を入れたグラスは決まって高い音を響かせていた。
 真夏に生まれた人は真冬に逝き、真冬に生まれた人は夏に逝った。朱く腫れた傷さえいとしいと想う捌月、あたしはまた髪を切った。

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捌月に向けて


 夜中に思い立ち髪を切る。何度も切っているので、さすがにもう背に付かない長さになった。肩にやっとつく程になった髪をひとつに結わえ、弐枚の鏡を合わせ後ろを映す。器用な人ならおだんごを作れるかもしれない。たらしておいてもいいけれど、内側にまるくなるのが気になる。外側に向かって跳ねて欲しいのに、どんなにしても髪の癖が直らない。
 帽子をかぶったとき理想の長さになったので良しとしようと想ったが、後ろが参センチ長かった。また今度切ることにしよう。

 昨夜は昨夜でスモークサーモンでサラダを作り、サラダだけで夕食にしてしまった。今晩は今晩でとうもろこしと豆腐。疲れをとって、捌月からちゃんと作って食べようと想う。せっかく気にしていた彼の納骨を済ませたのだもの、だいじにだいじに捌月を過ごしたい。

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恢復


 眠っても疲れが取れず、躯のあちこちが重い。脚や背を伸ばし、腕や肩を揉みほぐすと少し楽になった。
 かつて一緒に暮らした猫たちは痩せていた。町で見かける猫を見ると想う。それでも抱くと重かった。

 子供の頃から筋肉量が少なかった。体育の授業は大嫌いだったけれど、躯を動かすのは好きだった。
 鶏肉はたまに口にしていた。豚や牛の肉は全く口にしなかった。風邪はよくひいたがあとは健康そのもので、両親はあたしが余り肉を口にしないことに対し何も言わなかった。

 食べる量が少ないと想ったことはないのに、特に彼の友人たちは、もっと喰え肉を喰え、と言う。自分と同じように小柄な女性でも活動的な人は、自分よりずっと食べる。それに気付いたのはここ数年のこと。
 確かに食べることはだいじだなと想う。が、残念ながら食べてもあたしは恢復しない。傷付いた獣の如く躯を舐めるようにさわってやると、だんだん調子が戻ってくる。それからやっと食べられるようになる。
 仕様がないな、と笑い立ち上がると腹に何か入れたくなった。昨夜ヨーグルトで夕食を済ませてしまったことは秘密にしておこう。

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エール


 自覚のない疲れが躯を襲う。自宅に帰っても横になってばかりいた。
 起きられるようになった頃、一周忌と納骨を済ませたことを彼の友人に報告する。以前ごたごたを話してしまったことを謝り、今は縁切りしすっきりしている旨を伝えると、間もなく返事があった。
 縁切りは正解、の返事をくれた人に笑う。彼はいつも冷静な意見を言う人かと想う。其れが女性には冷たいともとれるらしく、こう云うことを言ったらまずいのだろうなと彼に話していたことがあったそうだが、彼も彼で同じ意見だったそうだ。其の話は話でわかるなと想いつつ、意見の方は良い意見だと想い聞いていた。
 何に拘ればいいか、何処が問題か、把握し、適切に対処する。余計だと判断したことは頭から離す。例えば、愚痴を言う者、ひたすら保身に走る者、はこれができないからそうなってしまうのだと想えて仕方ない。
 風呂あがり届いていた壱通の手紙を読むと、入院し暇な時間に書いたと記されていた。ひとり暮らしの此の人はひとりで全部・・・と想うと、心配も不安もあるだろうにいつも通りの言葉の運びにエールを送っていた。
 問題を抱えていない人がいるのだろうか。孤独は何処からやってくるのだろう。他人との交流以前に、他者を想い描けないことにあるような気がする。

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