例えば秘密のノートに記すように。

cancion-de-la-abeja(みつばちのささやき)          

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エール


 自覚のない疲れが躯を襲う。自宅に帰っても横になってばかりいた。
 起きられるようになった頃、一周忌と納骨を済ませたことを彼の友人に報告する。以前ごたごたを話してしまったことを謝り、今は縁切りしすっきりしている旨を伝えると、間もなく返事があった。
 縁切りは正解、の返事をくれた人に笑う。彼はいつも冷静な意見を言う人かと想う。其れが女性には冷たいともとれるらしく、こう云うことを言ったらまずいのだろうなと彼に話していたことがあったそうだが、彼も彼で同じ意見だったそうだ。其の話は話でわかるなと想いつつ、意見の方は良い意見だと想い聞いていた。
 何に拘ればいいか、何処が問題か、把握し、適切に対処する。余計だと判断したことは頭から離す。例えば、愚痴を言う者、ひたすら保身に走る者、はこれができないからそうなってしまうのだと想えて仕方ない。
 風呂あがり届いていた壱通の手紙を読むと、入院し暇な時間に書いたと記されていた。ひとり暮らしの此の人はひとりで全部・・・と想うと、心配も不安もあるだろうにいつも通りの言葉の運びにエールを送っていた。
 問題を抱えていない人がいるのだろうか。孤独は何処からやってくるのだろう。他人との交流以前に、他者を想い描けないことにあるような気がする。

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敬う想い


 彼の元住んでいた地域と自分が元住んでいた地域の違いを、町と村との違いくらいにしか捉えてなかった。お布施に対する感覚が全く異なることに驚愕している。試しに全国の相場を調べると、自分が住んでいた地域が額が低いわけでなく、彼が住んでいた地域が異常だとも想えることがわかった。

 一周忌と納骨に当たり、悦んで包める額のお布施を謹んでお渡しする。自然に頭が低くなる。
 母と普段つきあいのあるいとこふたりに参列してもらったが、兄のように想っているいとこも形式に拘らない人で、こうした方がお坊さんも楽だからと耳打ちしてくる。住職も奥様もやさしい。なんだか和気あいあいと云う雰囲気。気持ちがよければよいほど、頭が下がる。彼もこんなふうなのを好んだなと想うと、また頭が下がる。そんなとき少し自分が消える。
 人間関係に自身の理想も正義も関係ない。互いに擦り合わせがうまくいくかどうかではないだろうか。棄ててきたものがちらっと頭に浮かぶ。無理の言葉が頭に浮かんだ傍から消えていった。

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葡萄の味


 電車とバスでお骨を運ぶ。母の家まで辿り着いたときには、ふらふらになっていた。
 壺に納められたものが彼の骨だと云うことは頭でわかるのだけれど、或の日台の上に並んでいるのを眼にしたときほどの想いは生じず、遺影にした寫眞とペンダントに入れた骨とペンダント用の残った骨の方に想いが行っている。
 これで別れてしまう、と云う実感も考えもなく、納骨は自分にとり文字通り骨を納めることの理解に過ぎない。それでも納得がいく場所、納得がいく寺、納得がいく住職の元へ、と想った日から、胸の内は静かになった。

 デイサービスで葡萄狩りに行ったとき買ってきた葡萄だと、立派な葡萄を出された。見たこともないような大きな粒の葡萄は、これまで味わったことのない濃厚な味でおいしかった。
 形はあとからついてくればいい。誰かのことを想う。形式ばったことを特に気にしない人だった。あたしのすることを黙って見ていてくれるように想う。

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箱の中身


 藍色の箱の中に入っているのは食器を包むやわらかな紙だとばかり想っていた。此処に引っ越してから壱度も開けてなかったらしい。何故此れを残したのだろうと想うものが入っていた。其のときは、物に罪はないと想ったのだろう。けれど、其の物に関わる過去は忘れ去られ無くなりかけていた。
 さようなら。そう言って手を合わせお別れした。もう逢うことのない人。嫌な思い出になってしまった過去の時間。訣別してよかった。何故禍を運んでくるものが存在するのだろう。そんなふうに誰も生まれてくるわけではないだろうに、人が人を苦しめる。歯止めが利かなくなった我は恐ろしい。
 箱も棄ててしまおうかと想ったけれど、そうでなく倖せと入れ替えることにした。スープ皿肆枚とかたくりが描かれた皿を参枚丁寧に包んで入れた。此の皿をどうやって手に入れたかは誰にも話さないでおこう。あたしと彼とが知ること。
 今度箱を開けるとき、此の皿にどんなものが乗るだろう。そう考えるとにこにこしてしまう。

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ひとつひとつ


 今朝、昨日出た廃棄物を塵置き場に置いてきた。
 彼の友人の、家の建て替えをした際半年かけひとりで片付けた、と云う話が今も耳に残っている。家族もいるし、職業柄声を掛ければ人も集まるだろうに、彼の人柄だろうか。手本にしようと想いひとつひとつ処分していく。
 休憩に、彼の残したライム果汁とヒマラヤピンクソルトを水で割って飲む。こんなふうにするといいのだって云うことを、ひとつひとつみつけていく。
 壱歩壱歩土を踏みしめ確認し思考を巡らせなければ自分は歩けない人だったのか、と改めて想う。道理で歩みが遅い筈だ。けれど数年後に追いついたりしていて・・・。其の辺りの仕組みが未だによくわからない。

 片付けをしながら録り溜めてあった映画を観る。最後の日本兵士と言われる人の映画、「ONODA 一万夜を越えて」と云う作品。伍箇國共同制作で監督は仏蘭西の人だそうだが、全編日本語で通されていた。
 (命ぜられて)死ぬってこともたいへんなら、死なないってこともたいへんだ。
 自分は自分の命さえどうすることもできずに、日々何か学ぼうと想うくらい。

 書架を処分した分できた空間に廊下の段ボール箱を半分移動させると、廊下は歩きやすくなった。
 また今日からひとつひとつしていこう。

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