例えば秘密のノートに記すように。

cancion-de-la-abeja(みつばちのささやき)          

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ひとつひとつ


 今朝、昨日出た廃棄物を塵置き場に置いてきた。
 彼の友人の、家の建て替えをした際半年かけひとりで片付けた、と云う話が今も耳に残っている。家族もいるし、職業柄声を掛ければ人も集まるだろうに、彼の人柄だろうか。手本にしようと想いひとつひとつ処分していく。
 休憩に、彼の残したライム果汁とヒマラヤピンクソルトを水で割って飲む。こんなふうにするといいのだって云うことを、ひとつひとつみつけていく。
 壱歩壱歩土を踏みしめ確認し思考を巡らせなければ自分は歩けない人だったのか、と改めて想う。道理で歩みが遅い筈だ。けれど数年後に追いついたりしていて・・・。其の辺りの仕組みが未だによくわからない。

 片付けをしながら録り溜めてあった映画を観る。最後の日本兵士と言われる人の映画、「ONODA 一万夜を越えて」と云う作品。伍箇國共同制作で監督は仏蘭西の人だそうだが、全編日本語で通されていた。
 (命ぜられて)死ぬってこともたいへんなら、死なないってこともたいへんだ。
 自分は自分の命さえどうすることもできずに、日々何か学ぼうと想うくらい。

 書架を処分した分できた空間に廊下の段ボール箱を半分移動させると、廊下は歩きやすくなった。
 また今日からひとつひとつしていこう。

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書架をばらす


 ふたりで最初に購入した家具が、彼の部屋に置いている書架と和室に置いている箪笥だったかと想う。実際安価だったが、如何にも安っぽく見える此の書架があたしはだんだん気に入らなくなっていた。
 ロッカー箪笥と一緒に此の書架も処分するつもりだった。が、昼間やってきた雷雨の恐怖心に駆り立てられ、気が付くと書架に収まっていた取り敢えず整理しただけのものを取り出し、鋸で横半分に切っていた。負けない。何故かそんな想いで胸はいっぱいになっていた。
 丁度切り終えた頃雷雨は治まり、玄関の外に出し、今度は板毎にばらしていった。壱辺が玖拾センチ以下になったので、このまま塵に出せるが、拾歩先の塵置き場と言え運ぶのがたいへんそうだし、大きな物をふたつも置かれても困るだろうと想った。
 ばらしてみて初めて釘もネジも使われてなく、大きなホチキスで固定されていたのだとわかった。板も厚いベニヤ板と云うのか木屑を固めたような板と云うのか、お粗末なものだった。何故こんなものを使い続けていたのだろう。
 扱える大きさにしまとめて紐で縛ると、容易に持ち運びのできるふたつの塵になった。あたしにもできました、と言い彼の前に座り塩とライム果汁で割った水を飲む頃には清々しい気持ちになっていた。
 嫌なものはできるところまでは自身で。何より自分が整理されていく。

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倖せな朝の為に


 毎日の酷暑にお気に入りになった珈琲豆を買いに行けない。朝玖時から営業している近所の食料量販店の珈琲コーナーの前で悩むこと拾壱分。夏限定と記された粉の珈琲に決めたのは昨日のこと。
 おはよう、と家の者みなに声を掛けた後胸がどきどきしてくる。あたしに珈琲は決して安い買い物ではない。
 珈琲の封を切り、まず匂いを確かめる。珈琲のいい匂いは感じる。湯は慎重に沸かす。温度の高い珈琲なんて以ての外。苦いだけの珈琲なんて珈琲ではない。蒸らしてゆっくり湯を廻し、溜まった珈琲を珈琲ポットからカップに移しひと口含んだとき、苦味と一緒に甘味を感じ頬がゆるんだ。
 今朝も珈琲です、と言いながら水と一緒に彼に持っていく。
 朝食を食べ亀たちは落ち着いたのか、掃き出し窓の向こうは静かだった。

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形は変わる


 伍リットルのペットボトルは重い。水を汲む日は買い物ができない。夏の日、冬の日、雨の日、と天候も考え食料量販店に水を貰いに行く。ビニイルの生地を買い手提げを作って正解だった。濡れても平気だし、幾つか付けた小さなポケットは鍵やハンカチが取り出しやすい。もうひとつこしらえてとも想ったけれど、いずれ此の水汲みもおしまいになる。
 もう行かなくなってしまった場所にもう壱度だけ行ってみたい気もするけれど、沢山あり過ぎる。
 何もかも思い出になっていく。そんな詩を高校の終わる頃だったか終わってしまってからだったか、書いたことをふいに思い出した。果敢ない壱方で、未だに残っているものがある。残っているものは思い出す都度新鮮で、果敢なさとは程遠い。

 夜は相変わらずぼうっとしてしまうことが多い。けれど、朝起きると毎日倖せを感じる。今朝も彼におはようを参回も言っていた。亀たちにもカエルの人形にもおはようと声を掛ける。此れは果敢ないと想わない。明日全く違う朝がやってきたとしても、想ったりしないと想う。
 彼が作った非常用(トイレ用)の水、ペットボトル伍本分をそのままにしてある。此の間母の家で非常用の水を入れておくのに良い容器をふたつみつけ、マジックで非常用と書いてきた。引っ越したら彼と同じことをするつもりだ。
 形は変わる。根底にあるものはそのままに。

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無精卵


 大きい方の亀が卵を産んでいるのは白っぽく濁る水で判るのだけれど、卵は水にすぐ溶けてしまうらしくなかなか眼にしたことがない。
 夕刻が近付きベランダと水槽とに掛けた簾を外しにいくと、形のはっきりした卵をひとつ水槽の中にみつけた。白く細長いまるの形。然も大きい。こんな立派な卵を見るのは初めてだと想い彼の寫眞に振り返り声を掛けると、素敵、と声が耳に入る。
 食する鶏の卵と同じ無精卵。命を感じるときは無意識に厳かな気持ちになっている。網で掬いベランダの隅に置いた。雨が降れば溶けて流れてしまうだろうが、其れ以上のことはできない。する必要もない。
 詰まらせたら助けられないので、水を替えるときと躯を洗ってやる以外は水槽に入れている。夏でも一緒に布団で寝ていた頃をなつかしく想った。

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