例えば秘密のノートに記すように。

cancion-de-la-abeja(みつばちのささやき)          

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無精卵


 大きい方の亀が卵を産んでいるのは白っぽく濁る水で判るのだけれど、卵は水にすぐ溶けてしまうらしくなかなか眼にしたことがない。
 夕刻が近付きベランダと水槽とに掛けた簾を外しにいくと、形のはっきりした卵をひとつ水槽の中にみつけた。白く細長いまるの形。然も大きい。こんな立派な卵を見るのは初めてだと想い彼の寫眞に振り返り声を掛けると、素敵、と声が耳に入る。
 食する鶏の卵と同じ無精卵。命を感じるときは無意識に厳かな気持ちになっている。網で掬いベランダの隅に置いた。雨が降れば溶けて流れてしまうだろうが、其れ以上のことはできない。する必要もない。
 詰まらせたら助けられないので、水を替えるときと躯を洗ってやる以外は水槽に入れている。夏でも一緒に布団で寝ていた頃をなつかしく想った。

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桃のケーキ


 帰省する際降りる駅の出口にあるパン屋をときどき利用していた。きれいな紅色の甘い匂いがした桃のパンがあたしのお気に入りで、店の硝子窓から覗いて桃のパンがあるとわかると立ち寄った。
 桃のパンは或る時期に限り出されていた商品だったのか、暫く見ないと想っていたら店はいつのまにか消えていた。桃のパンの中身は生クリイムと桃のコンポートだった。

 形を残した果実が使われている菓子に弱い。
 「桃のケーキがいろいろできました。」そんな新聞広告を見て、近所の店に買いに行く。いっとう目当てだったケーキはなく、他の弐点を購入する。

 あなたはアイスクリイムと珈琲は毎日でも口にしているけれど余りお菓子は食べないのね、と此の間母に言われ、初めてそうかと気付く。
 彼が家にいるようになり、黙っていても壱週間に壱度はコンビニスイーツが冷蔵庫に入った。一緒に買い物に行けば籠にスナック菓子が入る。そんなふうにして毎日お菓子を食べていた。

 桃のケーキを買ってきたよ、と彼の前に置く。久し振りのしっかりしたおやつの時間。彼が笑っていた。

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麻のパンツ


 どちらもMと表示されているのに全く大きさの違う彼の麻のパンツを比べ、首を傾げた末気付く。たぶん痩せた躯に男物が合わなくなり女物を合わせたのだろう。
 去年穿いたか穿くことなく其のままになってしまったのか、判断のつかない新しいパンツの腰にゴムを入れ縮める。大きい方のパンツにも腰にゴムを入れ丈を切った。
 あたしが直して穿くなどと彼は想わなかっただろう。自分もシャツ以外は無理だと想っていたが、彼が気に入っていたものは一応まだ残してある。

 父と暮らしたのはほんの数年だったけれど、未だに父のやり方をなぞっている。そう云う意味でこれからもあたしは彼と過ごしていこうと想う。

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クローゼットハンガーとロッカー箪笥


 カバー付きのクローゼットハンガーのカバーを取り払い数日経ち、やっと修繕する気になる。
 元からあった天板と底板を外し、杉板を合わせ天板と底板を作る。上に物が置けるようになっただけでもいいかと想ったが、試しに天板から下ろすように側面にすのこを壱枚付けてみた。部屋に合うとわかり、引っ越し後にでも完成させようと想う。
 前後は要らない。布やビニイルで全体をおおってしまえば埃は抑えられるだろうが、隠す収納より見える収納をだんだん好むようになった。

 昨日充分睡眠をとったからか夜になってもぼうっとしなかった。箪笥とカラーボックスと処分予定のロッカー箪笥の位置を弐時間掛け換える。
 そしてやり終えると、自分の町では壱辺が玖拾センチ以下なら塵に出せると想ったら、ロッカー箪笥の引き出しはそのまま出せるし、あとは分解しちゃんとした鋸を買ってきて計肆枚の板を切ればいいのでは・・・、と想えてきた。
 見ると何処かにぶつけたのか両足の親指とも血の塊ができていた。さわると少し痛みを感じるが、見た目ほど痛くはない。腕にも擦り傷ができた。傷付いた躯をいとおしいと想った。

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睡眠時間


 目覚めたのは、いつも通り。陸時だった。
 昨夜は眠気が限界に達し捌時半に布団に入った。汗をかき拾壱時半に壱度目覚めたが、予め枕元に置いていたタオルで額の汗を拭うとすぐに眠ってしまった。計玖時間余り眠っていたことになる。玖時間睡眠をとると気分がいい。自分に合っている睡眠時間はやはり玖時間らしい。

 風呂からあがったら寝てしまえばいいのだろうが、それからぼうっと時間を過ごし拾壱時を過ぎてしまう。尤も冬であっても風呂からあがってすぐには眠れないので、夏なら余計ではないかと想う。他人に驚かれるほどの冷たい躯が自分には気持ちがいい。
 あたしの躯にふれる都度、××ちゃん冷えているよ、と彼は言い、あたしはあたしで彼の躯に、熱くて気持ち悪い、と言った。それくらいなので、他の人と手を繋いだりハグしたりすることは余りなかった。今想えば、これでよく長くつきあえる異性ができたものだと感心する。

 若い頃は拾弐時間寝ていて、其のことで喧嘩になったことを思い出す。今なら原因を知り説明ができるけれど、他人と気持ちよく過ごすのにだいじなことはそう云うことではないのだと想う。
 ぼうっとしてしまうの、と言ったなら、うん、とだけ彼は応えるだろう。今はそれにあまえていよう。

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