例えば秘密のノートに記すように。

cancion-de-la-abeja(みつばちのささやき)          

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夜中に起き出して


 午后伍時雨が烈しい振りになる。雨音こそ異常とも感じられる大きな音をたて続けていたが、道路が冠水するほどでなく風呂に入り布団に横になる。しだいに防災速報の通知の間隔が狭まってくると河川の氾濫警報が出され、或の川はいつもと想っているとすぐ其処の川も警報が出されていた。

 何年も前の颱風で隣町が浸水したことがあったが、当時あたしは弐階に住んでいたこともあり、昼時だったことと低血圧の酷さに壱番悩んでいた時期でもあったので、颱風の最中に眠ってしまった。
 テレビのニュースで知った友人たちから心配する連絡が入り、正直に寝ていたと応えたところ、以来何があっても連絡は来なくなった。
 以来、まあ大丈夫だとは想うが何かあったら手伝おう、と云うくらいのつきあいが居心地がいいと想うようになった。

 全く気に掛けないのはもはや友人の関係でなくなっているが、過剰に心配されるのも辛い。大丈夫かと訊かれれば、大丈夫の言葉しか口から出てこない。
 大丈夫、と言ったあとで結局皆の前から姿を消してしまった顔を思い出す。そう、あれは自分。
 祈るように雨音を聞いている。

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表象


 昨日直しを残した長袖のシャツは、細かいチェック模様のシャツだけ襟と袖口を残すことにし、麻のシャツは襟を残し伍分袖に、綿のシャツ弐枚は襟を取り袖口にゴムを通すことにした。
 表象がしっかりすると迷うことなく作業を始められる。何遍手にしても針と絲を使うのは苦手でガタガタの縫い目になってしまうけれど、できあがれば嬉しくなる。
 あたしが着るなんて想ってなかったでしょう?、とにこにこして彼に問う。へぇーとだけ言う彼の声が聞こえる。黙ってあたしを見ている彼の眼を感じる。
 今日は綿のシャツ弐枚で終わりにしておく。
 最後に想い描くのはいつも同じ。或の病室の或の静かな時間。倖せは止どまることを知らず、流れ続けている。

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整理


 保留にしていた弐枚のシャツを袋から取り出し躯に当てる。迷っているならまず襟をとってみてから決めようと、襟をスタンドカラーに替え腕を通し鏡の前に立つ。和を感じさせる模様入りの藍色の彼の半袖シャツは、丈の長さを気にしなければ自分にも合うとわかった。
 長袖は袖丈を直す必要があり、切りっ放しできそうにない色柄に躊躇する。カフスを付け直すのは簡単でも、カフスと繋がっている部分(剣ボロと云う名称だそう)を付け直すのは自分には簡単と云うわけにいかない。
 他にも参枚たたんで衣装ケースにしまった長袖がある。まだ直してはいない。

 壱枚と云うわけにはいかないものだね。ぽつりと声が落ちる。残っているシャツは結局全て残すことになるだろう。
 殆ど毎日のように死にたくなってしまう。それでも朝が来る都度、にこにこしておはようと彼に挨拶する。シャツの直しは引っ越してからでもできるけれど、何かしている方が気持ちが落ち着く。特に整理は落ち着く。
 ぽきっと折れたりしなければいいけれどね。鏡に寫る自分に他人事のように言葉を投げる。
 ずっと飾ってあったオルゴールの人形をふたつ塵袋に押し込むと、朝から悩んでいた頭痛が軽くなった。

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元気で


 便箋や切手もこれから殆ど使うことはないような気がする。
 本を読んだり音楽を聴いたり絵や文を書くことは今も欲しているのに、手紙を書きたいと想った人はこれまでの手紙のつきあいの人とは関係なく、本名も住所も知らない人だった。いつからだろう。元気でいて欲しい人と手紙を書きたいと想う人が重ならなくなったのは。
 変化する気持ちに自身が追い付かないなんて、反抗期の頃に似ているなと想う。ずれているのは気分がいいものではない。それで眼を逸らしてしまうから傷付き厄介なことになるのだろう。或の頃より幾らかは言葉で表せるようになっただけ苛立ちはなく、自身から少し離れて自身を見ては、そんなふうな状態になっているのねと言葉を掛ける。
 これから他人とのつきあい方も変化していくだろう。 頻繁に会っていても会わなくなっても、元気でいてとあなたに想う。

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残っているもの


 汚されてしまったと想ったものを戻すべく、壱枚の着物を破棄する為にたたむ。おそらく贈ってくれた人の気持ちも変わってはいないだろう。そして、其れに関しあたしの気持ちも変わっていない。いつか染め直して、などど想っていたけれど、持っているのが辛くなってしまった。
 絶えず変化し続ける状況に想いは掬われそうになる。想いを守る為に棄てていくとき、身が切られそうになる痛みにただ泣くだけの今日の自分。

 明日か明後日にでも珈琲を買いに行かなくちゃ。玄関から和室の入り口に移した弐体のぬいぐるみに手を振る。
 新宿だったか銀座だったかのデパートで、昔彼に買って貰った。誕生日の贈り物としてだった。紐が付いているのでぬいぐるみでなく子供用のバッグなんだろうか。作りがしっかりしていて意匠も素敵で、今見ても可愛いなあと想う。
 古びて多少草臥れても、残っているものはみな美しい。

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