例えば秘密のノートに記すように。

cancion-de-la-abeja(みつばちのささやき)          

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浅い眠りの中で


 夜中に聞こえる音は神経に触る。通りから聞こえる靴音も、石畳を踏んだ音も、咳払いも、話し声も、車やバイクが走り去る音も、車の窓から漏れる音楽も、飛行機の音も、郵便受けに新聞が落とされた音も、部屋の柱がひとりで立てた音も、消え失せてくれと云う感情にひと括りにされ宙に舞い上がる。
 昨日帰宅途中のバスの中で眠り電車の中でも眠り、帰宅してからも眠り、今朝は今朝でいつもより壱時間半多く寝ていた。最近想うようになったのは、寝ることで自身と自身の健康と精神が守られている気がすると云うことで、眠気をどうしようなどと云う想いを棄てる気になれた。
 許容量がだんだんわかってきた。苦手なことが何故苦手なのかもわかってきた。それほどまでに神経質な自身のことをあたしは全く知らずにきてしまった。知っていたらもう少し彼にもやさしくできたのかもしれない。ラジオの音が煩いと毎回言わずに済んだろうに。

 膝を抱えまるくなって眠る。音がする都度ぴくぴくっとふるえるように動く躯。
 肩が冷たい。空気が変わってきた。夜明けが近いのだ。

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小さな愉しみ


 「千年の孤独」を買おうかなくらいの気持ちで立ち寄った書店で、中上健次の遺作(未完)をみつけてしまう。財布に幾ら入っているかどきどきしながら確かめると、買えるだけは入っていた。
 以前引っ越し間際に甲斐よしひろサイン入りギターを当ててしまい、嬉しいけれど此の間合いでどうしようとなってしまったことがあるけれど、今回は本の購入で悩んでいるから笑ってしまう。
 以前のように読む気持ちになれないのは確かなのに購入する気持ちはあり、購入しては毎日弐、参頁づつ捲っていると云う具合。
 書架に入りきるだけにしようと想っているが、引っ越し前は諦めて後で減らしていくしかないだろう。
 延び延びになる予定。かと想えば電動ヤスリの存在を知りにやついている。勝手にペンキを塗られてしまった或の縁台はペンキ剥がしで落とそうと考えていたが、電動ヤスリもいいなと想う。
 なんでも人一倍時間が掛かるくせ、したいことは沢山ある。参千伍佰圓の本を買ってしまったので、夕食はツナ缶と豆腐になった。

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塗り絵


 新しい塗り絵を見せられる。気に入らない弐枚をファイルから外そうとする母に、頂戴と言い塗り直しを始める。
 昨日の午后は養生作業があり、台所を空にした。自分の寝る場所がなくなり、養生した床にタオルケットで躯を包み眠った。下に座布団くらい置いたらよかったのだろう。躯にだるさを感じる。天候が天候なこともあり、塗り絵をして躯を戻すことにした。

 朝顔を塗り直せば朝顔が映えて他の処がと言い、ひまわりを塗り直せばひまわりが壱番綺麗になったと言い、立葵を塗り直せば自分の塗ったのと違い素敵だと、母がうるさい。壱枚仕上げ、もう壱枚の塗り直しを始めると、今度はなんていい金魚なんだろうとうっとりしている。
 あたしだってうまいわけではない。特に今まで色鉛筆は殆ど使ったことがなく、母の塗り直しをし濃く塗る仕方を覚えたほどだ。

 是まで台所だった部屋が母の寝室にできあがったなら、額縁を購入しうまくできた曼荼羅模様の塗り絵を飾ろうと母に伝えると、あたしが塗った壱枚も飾るのだと言って聞かなかった。
 母は色の組み合わせがうまく素敵だと想うのだが、彼女はあたしのように濃淡や影をつけた絵が好みらしい。

 引っ越しが終わったら、持っている色鉛筆を全部母に贈ろうと考えている。
 荒らされて汚れてしまった家がだんだんと光をまとい始めている。

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地盤


 雨が小雨になり捌時過ぎに家を出る。
 バスの窓から覗いた川は今にも溢れそうなほど水位が上がっていた。高い土手が崩れさえしなければ町に流れ込むことはないだろうと想っていたけれど、壱度土手すれすれにまで水位が上がった川を見て以来気が気でなくなった。
 バスを降りいつもの小径を抜けようとすると大きな水溜りができていて迂回する。雨は落ち着いていて、歩けるので助かったと想った。

 ざわざわとした胸は母の家に入り和室を目にすると静かになった。
 うす紅色が入っているとわからないほど壁紙は白かった。押し入れの襖は半分透明なアクリル板が入った樹木の戸に替わり、部屋全体が明るくなっていた。
 壁の中央に入った柱の色がより美しく見え、だから昔の家って好きなの、と母に笑いかけ、今の家って壁の中央に柱なんてないよね、と続けると、此の家もそっちは鉄骨が入っているからないけれどね、と言った後で母は声を落とした。
 近所に建設中の家をあれは今に・・・と言っていた父のこと、地盤も悪かった為か其の家がなんと建設中に倒れてしまったこと。知らなかった話を聞かされ神経質な、よく言えば慎重な父に、ありがとうとつぶやく。

 明日どうなるかはわからない。母の家が無くなってしまうことだってあり得る。それでも此の時点で薔薇色だと言える。あたしには父が築いてくれた地盤がある。

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風をあつめて


 今日も酷い雨になると想い、昨日は当選したチケットの入金にクリーニングの引き取りに水汲みに買い物にと壱日出掛けていた。
 気温が丗度を下廻る夏の日、冬になるとそのまま冬を閉じ込めたかのようになる此の家は扇風機だけで過ごせる。

 黒い麻のシャツは彼が弐枚持っていた。自分のと併せ参枚。自分のは襟の角をとりまるくし、彼の壱枚は既に袖丈を直している。あと壱枚は伍分袖に替えるつもりだった。切りっ放しの袖口にしようと長めに袖丈を切り待ち針で借り留めをしたとき、ふと此れにもゴムを入れてみようかと想った。
 ふわりとした袖になった麻のシャツが扇風機の風をいっぱいに吸う。今日の自分の気分に合っているのか、体形と合っているのか、Tシャツワンピースに羽織った丈の長いシャツはたちまちお気に入りになった。サイズを見るとXLとあり当然自分にもだが、彼にも大きかったのではないだろうか。彼も風をまとおうと想ったのだろうか。
 気が付くと、風をあつめて、風をあつめて・・・、と大好きな歌を口遊んで

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