例えば秘密のノートに記すように。

cancion-de-la-abeja(みつばちのささやき)          

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多少の不満


 母は冷凍食品を口にしない。暫くガスが使えず、食料量販店で総菜を求める。帰りには佰圓均一店で木製額縁を弐点購入した。
 帰宅し早速母の塗り絵を額縁に入れる。全部此の額縁に入れようと想っていると、新たに塗り絵を渡された。
 其処には吉祥天立像と記されていた。着物を紫で塗っていくが気になり調べてみると、着物の色は赤だった。赤に塗り直し完成させると母は(自分の塗ったものと違い)仏像に見えると喜んでくれ、以前あたしが塗った夏の花の塗り絵をデイサービスの皆が褒めてくれたと教えてくれたが、自分は全く気に入ってないと応じる。
 自分が好きなのはこう云う画だと、先ずモネの絵を見せた。それから田中一村を見せ伊藤若冲を見せ、最後にアンドリュー・ワイエスの描いたものを見せると納得してくれた。
 自分の技術の無さを棚にあげるのはよくないが、塗り絵の下絵も好みとそうでないものとあり、今のところひと目惚れするようなものには出逢っていない。塗り絵をするようになり母がまた愉しく生活できればそれでいいと想うし、自分は自分で色鉛筆の使い方を学べていいと想うが、気に入った下絵が手に入らないかなあなどと想い始めている。

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彩光、彩風


 流しが撤去された台所兼居間は空間が際立ち、これからの暮らしを待っているかのように見えた。
 随分家の中が明るくなっている。壱時外されることになった扉から、母の洋服置き場兼物置と化していた裏の部屋が覗く。光は其の奥からやってきていた。光は出入り口の引き戸を彩風ドアと交換したことがもたらしてくれた光だった。出入り口の面積は半分になったが、光を取り入れる部分は反って大きくなっている。防犯のことしか頭になく彩風ドアが明かりまで連れてくるとは想いが至らず、結果勉強不足を喜ぶことになった。
 夕刻までにトイレの交換も終わり、中に入り壱部格子柄になった壁紙に満足した後、此処まで貼って貰ってもよかったなどとひとりごちては笑う。

 全部屋昼間明るい。其れが壱番の望みだった。弐番目は昔の木造建築のように窓を大きくできなくても、或る程度は風が抜けていくこと。
 改装が進む家で深呼吸する。自分が気持ちいいこと以外、特にそうでないことをしてくる人間についてはどうでもいいことだったのだと改めて想う。

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永遠の夏


 此処で過ごす春が永遠にあたしの内に納められたように、此処で過ごす夏もまた永遠に変わろうとしている。あたしもそのうち消えることは確かなことだけれど、あたしが消えても永遠は消えない。
 全ては果敢なく、壊れていくものであり、存在は消えるものだったとして、時の流れが止むことはないだろう。
 時の流れに張り付いた永遠。誰も知らないあたしの永遠。そしてあたしが知らない誰かの永遠も、ほら其処に張り付いているのだろう。

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新たな律動


 布団に入る頃ぽろぽろと泣く。自分を遮るものがないと云うことは、間隔の全てが自分へと向かう。彼の次にやわらかなものを想像し其れにふれるのがよいのだろうけれど、此の頃其れがうまくできなくなった。
 それでも朝起きればにこにこと彼におはようと挨拶し、亀たちが絶える日まで元気でいようと想いに耽る。自分でも呆れるほど毎日其の繰り返し。
 雨戸を開くときのなかなかの重さや、窓から入る朝の光が台所を照らす美しさや、寫眞の彼のおだやかなまなざし、其のひとつひとつが自分の前を遮る。それらが自分の内側と連動するときのやさしさに満ちた感覚は、遮るもののなかった夜のことなどすっかり忘れさせる。

 昼間はたまに、爪や髪を切ったり、できあいの餃子などを焼いてみたり、と新たにできあがりつつある律動に身を委ねている。
 ひと組しか干さなくなった布団、弐日に壱度になった洗濯、見事なまでに減らなくなったマヨネーズにオリーブ油にバター、滅多に食器棚から出ることのなくなったお気に入りの藍色の皿、途中から真っ白に変わった詩のノート、全くと云うほどしなくなったともだち付き合い(自分の)、・・・。それらを変える気もなく、拾年くらいこのまま過ごしていこうかと想っている。

 これから何をみつけられるだろうか。
 新しいものを探すのでなく、是まで気付かなかったもの、埋もれているもの、をみつけていきたい。そして其れを胸にこっそりしまいたい。

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浅い眠りの中で


 夜中に聞こえる音は神経に触る。通りから聞こえる靴音も、石畳を踏んだ音も、咳払いも、話し声も、車やバイクが走り去る音も、車の窓から漏れる音楽も、飛行機の音も、郵便受けに新聞が落とされた音も、部屋の柱がひとりで立てた音も、消え失せてくれと云う感情にひと括りにされ宙に舞い上がる。
 昨日帰宅途中のバスの中で眠り電車の中でも眠り、帰宅してからも眠り、今朝は今朝でいつもより壱時間半多く寝ていた。最近想うようになったのは、寝ることで自身と自身の健康と精神が守られている気がすると云うことで、眠気をどうしようなどと云う想いを棄てる気になれた。
 許容量がだんだんわかってきた。苦手なことが何故苦手なのかもわかってきた。それほどまでに神経質な自身のことをあたしは全く知らずにきてしまった。知っていたらもう少し彼にもやさしくできたのかもしれない。ラジオの音が煩いと毎回言わずに済んだろうに。

 膝を抱えまるくなって眠る。音がする都度ぴくぴくっとふるえるように動く躯。
 肩が冷たい。空気が変わってきた。夜明けが近いのだ。

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