例えば秘密のノートに記すように。

cancion-de-la-abeja(みつばちのささやき)          

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ぬくさと淋しさと


 夏の間はゼリーを彼に供えていた。これからは菓子も供えられると想っていると、林檎の値が下がっていた。
 赤い林檎をひとつ買う。林檎にはぬくさと淋しさがある。山村暮鳥の詩を思い出す。ほらと言い彼に供えて笑う。林檎は今でもあたしのあだ名だ。

 引っ越す以前の部屋で使っていた遮光カーテンを今でも持っている。白に蔦の模様が白い絲で刺繍された此のカーテンも、林檎に感じるものと似たものがある。
 壱枚は出窓用に作り替え陽射しの強い日に使っているが、半分生地が残っている。其れを遮光の生地を外し、新たにカーテンに縫い直した。改装を終えた母の家の窓に掛ける予定でいる。

 あとはぬくさと淋しさとを携えたものが自ら発光するのを待つだけだ。

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帳尻


 玖月廿日、珈琲豆を購入。と、日記につける。
 これから気温が下がっていくだろうと想い、暑い中買いに行った。
 やっと手に入れた珈琲豆。幾日振りだろう。卓に無雑作に置いた濃紺の珈琲豆の袋が元気をもたらしてくれる。椅子に腰掛けヨーグルトを食べながら、家計簿に記入する。
 今月は交通費が掛かり出費が嵩んだのは仕方ない。来月は電気代が減るだろうから、それで帳尻を合わせよう。

 壱週間ずっとぼうっとしているわけでないし、壱日しているわけでもないし、とそんなふうに言い聞かせてはバタバタと動き出す。たいして気は沸いてはこないけれど、買い物くらい行く気になれるからいいだろう。
 気温が下がれば体温も下がり、これから調子がよくなってくることは既にわかっている。いいことも悪いことも必ず終わりはある。

 卓に置いた珈琲豆の袋を何度も見てしまう。きっと明日も明後日も。開封してから飲み終えるまで。それから袋を棄てるまでの間も。
 これから参週間毎日ぼうっとする時間が丗分は減ったと想ったら、ぱちんと手を叩いていた。

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ぼうっと


 布を買ってきて断って待ち針を打って、いざ縫おうとして何だか気に入らないと想ってしまい、待ち針を抜いてしまった。気が乗らないときは失敗してしまう。布をたたんで引き出しにしまい、ぼうっとする。ぼうっとしたくなくて始めたのに結局ぼうっとしてしまう。
 集中し過ぎて食事をとるのを忘れてふらふらしたり、トイレに行くのを忘れて膀胱炎になったり、午前玖時だと想ったら何故か次の瞬間午后陸時になっていたり、そんな心配もなくなったのに楽になっていない。
 嗚呼、もう夜の帳が降りてくる。壱日ぼうっとすることに集中していた。・・・と想うには無理がある。・・・と書いている傍からぼうっとしてしまい、今日の日記は是で終わり。

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抜けている


 袋入りの蓮根と豆のサラダ、水煮の鯖の缶詰、容器入りの柚子味の白菜の漬物、を其々保存容器に移し替える。あとはトマトを足したり紫蘇を散らしたり豆腐を添えたりでおしまい。
 炒めたり焼いたり蒸したり茹でたり煮たり炊き込んだり、此のひと月程していないかもしれない。特に愉しい日に使っていた茜色のフライパンを最後に使ったのはいつだったかも憶えていない。
 変わりなく過ごそうと想うのに、あちこち抜けている。

 毎日のように歩く遊歩道に、(たぶん)暗くなると自動で点灯する明かりが設置されていた。日の入りが早い冬の日、不安な気持ちで家路を急いだ日々を思い出すと、泣きたくなった。
 もう何の心配もしなくていいのに、あたしは心を或の日に置いてきてしまったのだろうか。

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拾時間睡眠


 今までしていたことをする気になれないのも、壱日壱度死にたくなるのも、気持ちが落ち着かないのも、眠りが浅くなり夜中に壱度目覚めるようになったのも、仕方ない。365日24時間冷静でいられないけれど、戻すにはひとつひとつ処理していくのがいいことは充分学習している。
 一昨日の晩昨夜と拾時間睡眠をとるとだいぶふらふらしなくなり、今日は昼間少し昼寝をしただけであとは起きていられた。今日から睡眠時間を拾時間に定めようと想う。

 睡眠、食事、塵出し、亀たちの世話、税金の支払い、と最低限のことは保って暮らしている。どんな問題が起きても伍年は続かなかった。新たな問題が発生することはあっても、今の状態があと何年も続くとは想えない。
 変化を受け容れられなくなるのは齢捌拾を過ぎてからでいいと想う。父は亡くなるまでそうではなかったので見習いたいところだが、自分はと云うと今のところ心もとないとしか言えない。

 想い通りの生、想い描いた未来像、と云うのが自分にはなかった。高収入高学歴の相手だのブランドに身を包むだのと云う像は浮かばず、想うのは精神的なことだった。
 本を読んで映画を観て音楽を聴いて人を見て、あんな心持ちの人になりたいと想っていた。
 引っ越し後の生活を想い描くとき胸に現れるのはやはり同じ想いで、像の方はせいぜい彼と手を繋げなくても彼に話しかけながら川沿いを散歩する姿。

 想うのはすかすかの胸。絶えず風が遊んでそうな胸。拾時間眠って整った胸。

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