例えば秘密のノートに記すように。

cancion-de-la-abeja(みつばちのささやき)          

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赤い実を食べた


 ベストにしていた蘇芳色を薄くしたような色の毛絲をほどく。模様編みで編んだベストはぶ厚く温かいと想ったが、着辛かった。セーターにするには絲が足りるだろうか。
 黒以外の服を着る気がなくなってしまったけれど、冬は上にコートを着るしと想いほどいていく。

 夕刻パンを買いに外へ出ると、公園の彼岸花が咲いていた。
 赤い服(Tシャツ)を好んで着ていた頃を思い出す。憂鬱が消えるので、赤い色が周りに欠かせなかった。冬には火棘の実をつけたいっぱいにつけた樹木を見ているのが好きだった。あのまま或の赤い色に焼かれてしまってもよかったのだけれどね、とつぶやいて笑う。

 家に帰ると冷蔵庫から保存容器を取り出し、中に入った小さな細長いトマトを頬張って少し泣いた。

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不安な気持ち


 引っ越し前の手続きをどう進めようか考え、不安な気持ちになる。
 以前と違うのは、全作業をひとつとして捉えるのでなくひとつひとつに分けて捉えひとつひとつ進めていけばいいと考えられるようになったことと、終わらなかったら終わらなかったで受けた注意と催促に対応すればいいだけだと想うようになったことだ。其れに再三の催促を無視しても行動せず逆切れする人間がいて、そう云う人たちは何も気にするでもなく毎日を送っている様子を目の当たりにし、それでも生きられるのだと想ってから混乱することがなくなった。不安の方はなくならないが、思考停止にならず、躯が固まってしまうこともなく、少し楽になった。

 久し振りのピーチティー。牛乳を入れても桃の香りはなくならず、ふっと笑みが零れた。
 どうにでもなると想いつつ、どうせならすることをしてすっきりする方を選びたい。それで生じる不安なら、まあ悪くないかなと想えた。

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自然な反応


 郵便受けに櫻色の封筒が届いていた。宛名こそ漢字表記になっていたが(公的なものでない限り名は平仮名で通している)、差出人の名はなく不思議に想い中を見ると、謎はすぐ解けた。
 中には、家族会開催のご案内、とあった。壱年経って届けられたことと、今の状態が自然な心や体の反応、と記されていたことを嬉しく想う。

 不眠に躯の重さに、壱日ぼうっとしてしまうことや、壱日に壱度死にたくなる気持ちに襲われたりすることは、仕方のないことだと想っている。
 けれど、未だに「見落としではありません」の医師の言葉や緩和ケア病棟に勧められたとき医師が全くあたしの方を向いて話をしなかった其の態度を思い出しては嘔吐してしまったりすることや、墓のことで理解できない縁切りを夫の妹弟に勧められことをたいへんな負担だったと想ったりしていることについては、一生忘れないだろうと想うのと同時に早く消えて欲しいと想っていた。
 其れが此れも自然な反応だね、とひと度口にしてみると、一生憶えている方がフツウだよねと気持ちが切り替わっていった。

 彼と一緒に過ごすことを想い日々暮らしを送る。此れもあたしの自然な流れ、自然な反応。

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彼岸


 彼の夢を見ていた。夜中に目を覚まし再び眠りにつこうとすると、廊下の奥からこちらへ向かい彼が歩いてくる気配を感じた。姿は透明ではっきりしないが、気配で彼だと判る。
 部屋に入るとあたしの左側に横になった。彼の布団を敷いてなかったけれど、と想い、あたしの布団で一緒に眠るのね、と想っていると、彼の躯があたしの躯の上に来て腕を絡めぎゅってしてくれた。あたしも彼に腕を絡めぎゅってした。暫くそうしていた。
 其の後彼はあたしの左側で眠りについた。

 納骨をし、もう此処にはいないのかもしれないと想っていた。それとも彼岸なのでやってきたのだろうか。
 珈琲豆の袋を切った朝、小雨があがったところだった。電動のミルはとうとう壊れてしまったの、と言い手動で廻すミルで豆を挽く。
 洗濯物を干す頃には空は晴れていた。カーテンを風が揺らしている。泣きたくなるほど美しい朝になった。

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小雨の降る朝


 小雨の降る朝になった。あれほど暑かった夏が去ろうとしている。
 手紙を書いてはみたが、出すのはやめにした。元気そうにふるまうのは空々しく、かと言いそうでない手紙は出したくない。多少沈んではいるが、淡々と呼吸する文を届けたい。

 此の夏が此処で過ごす最後の夏だった。此処で過ごす最後の秋が始まろうとしている。其れを想っただけで胸が重く、ちょっと苦しくなりさえする。けれど其れはそれだけ愉しかったと云うことなのだろう。
 田中一村展が開催されている美術館の近くで別な美術館でモネの絵が観られることがわかり、日を合わせ梯子しようかと想っている。

 母の家の改装が終わり疲れが出てしまっていた。まだ弐階に上げた荷を戻す作業が残っているが、急ぐ必要もないだろう。
 彼と林檎に話し掛け、手を組み頭の上に持っていく。また壱に戻り始めよう。そろそろ曼殊沙華も咲き出すだろうか。
 何度も萎えて何度も壱に戻ってあたしは生を抱いている。

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