例えば秘密のノートに記すように。

cancion-de-la-abeja(みつばちのささやき)          

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玖月の終わる日に


 蘇芳色の毛絲は、絲が余り縮むことなく編み直ししやすかった。
 身頃を編み終え袖を肩から編もうとしたところで、計算と実際の長さが合わず、弐度やり直す。それでも気に入らず袖口から編むことにした。

 壱日無駄にしてしまったと想い、想った後で何故失敗したかわかったのだから無駄でもなかったと想い直す。
 体温は丗陸度肆分まで下がった。睡眠は拾時間とることがなかなかできず玖時間になっているが、調子はだいぶ上がったのではないかと想う。
 毎日編み物をする時間ができたことに安堵する。これから自分には難関とも言えることが待っている。混乱しないよう少しでも自分を整えておかないと。

 玖月も終わっていく。
 初めて乾燥花にしたおみなえしはすっかり黄色が抜けていた。遠くなる光。雨があがったら夏の光とは違う光がやってくる。わかっていながら夏ばかり想っている。

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森(神様のいる場所)


 魚もなら野菜も高値で、此の頃豆苗にばかり頼っている。屑が沢山出るのと、根の部分とどの辺りから切り分けたらいいのかで毎回苦戦している。
 緑黄色野菜なら人参や南瓜でもと想うけれど、緑色の野菜でないといまいち元気になれない。

 何故だろうと想い、緑、緑、と口にすると浮かんだのは森だった。嗚呼、森にもずっと行っていない。
 帰省するバスの窓から田畑や川の景色を眺めるときが、唯一壱面の緑と出逢えるときになってしまっている。生まれた家の庭の壱角は森だったことを思い出し、自分の原点を想う。
 選んだ彼の寫眞も森の中、菖蒲が咲いている場所で撮ったものだった。

 無意識に求めてきたもの、森。猫や鳥や静寂を好むのも其処から始まっているのかもしれない。

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衣文掛け


 気に入った衣文掛けがなく、以前はクリーニング店で貰うものを使っていた。或る日細いアルミの衣文掛けを購入したところ、ふれあったときの音が気になったもののTシャツを掛けても肩のまるみが消えることなく、店に行く都度買い足してきた。
 昨日、別の店でみつけた同じようなアルミ製の細い衣文掛けは、シャツの釦をとめたままの状態にしていても容易に掛けられる形状になっているものだった。
 物を統一するとすっきりして見え、衣文掛けは全部同じものをと考えていたけれど、新しく購入したものは想ったより使いやすかった。
 カラフルでポップな如何にも愉しそうな空間より、自分は落ち着いてすっきりした空間を愉しいと想える人だったことを改めて知ると、何だか胸が弾んできた。それで大きなじゃがいもを茹でバターをのせ大きな口を開け食べた。

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今朝の紅茶


 早朝、母から電話を受ける。嫌なものを耳に入れられそうになり強制終了、回路を絶つ。

 台所の窓の奥にのうぜんかずらの花が見える。まだみっつ残っていて、いつ残らず消えてしまうのかと想うと胸が痛む。
 存在するものが消えると胸が痛み、存在しなかったものが現れると胸が弾む。けれど、其れはいつもいつもでなく、時々逆になるものに襲われる。

 のうぜんかずらの花で埋め尽くされる、そんな頭と心臓がいいななどと想い薔薇の香りのする紅茶を淹れる。
 ふと牛乳を入れたらどうなるのだろうと想い試してみると、香りは消えなかった。
 消えなくてよかった。胡桃入りの茶色いパンにチーズを乗せ焼くと、紅茶はいっそうおいしく感じられ、貴重な時間が嫌な気分に奪われたのは少しだけだったと想い、朝食をだいじにいただいた。

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赤い実を食べた


 ベストにしていた蘇芳色を薄くしたような色の毛絲をほどく。模様編みで編んだベストはぶ厚く温かいと想ったが、着辛かった。セーターにするには絲が足りるだろうか。
 黒以外の服を着る気がなくなってしまったけれど、冬は上にコートを着るしと想いほどいていく。

 夕刻パンを買いに外へ出ると、公園の彼岸花が咲いていた。
 赤い服(Tシャツ)を好んで着ていた頃を思い出す。憂鬱が消えるので、赤い色が周りに欠かせなかった。冬には火棘の実をつけたいっぱいにつけた樹木を見ているのが好きだった。あのまま或の赤い色に焼かれてしまってもよかったのだけれどね、とつぶやいて笑う。

 家に帰ると冷蔵庫から保存容器を取り出し、中に入った小さな細長いトマトを頬張って少し泣いた。

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