例えば秘密のノートに記すように。

cancion-de-la-abeja(みつばちのささやき)          

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造形


 真っ赤なダリアをみつめて笑う。
 なんて素敵な造形。真っ直ぐとしっかりした茎が頭に乗せた丸い花の形。中央から外側へ拡がる花びらの集まりが見せる陰影。
 ともすれば時々襲ってくるどうにもできない感情に負けそうになりながらも、ぼうっとすることなく躯は動き続けた。

 ダリアの造形をみつめ、此れがひとつでも違えばと想像する。
 違えば花はたちまち軋む音を立て始めるのだろうか。
 鏡が寫す眠そうなあたしの眼、下がった口角、如何にも疲れている造形。かすかに軋む音が聞こえた気がしてはっとなる。

 できればダリアを守りたく、今でも彼を守りたく想う。
 何事もないように彼に声を掛ける。いつも彼がそうしてくれていたように。
 「珈琲、飲む?」
 すくっと台所に立つあたし。踵を上げ姿勢を正し珈琲をカップに注ぐ。軋む音さえもいとおしくなるようにと。

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ダリア


 午前中電話が入る。嬉しい相手だった。
 気に掛けてくださる人がいて、実際に手紙や電話を戴くことがこれほどまで嬉しいことだと、夫が病気になるまで知らなかった。家族ぐるみでつきあうことはなくとも、夫の友人たちはあたしのことまでさりげなく想ってくれる。
 自分はそう云うつきあいを殆どしてこなかったと想う。つきあいもつきあう相手もこれから変えていこうか。

 花屋の店先で赤いダリアをみつけ壱本購入する。
 棄てられずにいた彼の衣類を処分する気になり紐で縛る。もう少し引っ越しの荷をまとめてみようと云う気にもなる。
 引っ越し予定日はできれば弐箇月先に定めたいところだけれど、歯医者からの葉書きはまだ届かない。
 ちょっと元気になった日。いつでもいいやあ、と云う気持ちにしておこうと想った。

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戻すと云うこと


 元に戻すのはいつでもどんなことでもたいへんで、弐階に上げた荷が片付くにはあと幾日掛かることだろう。

 物を整理しない、掃除をしない、人の気持ちが自分には理解できない。気分が良くなり、自分が整った気にさえなる此の行いをしないなんて考えられない。物のひとつひとつ、気に入って購入したもの、使っているうち好きになったもの、戴いたもの、と其々異なるが頭の隅には絶えず其のことが存在し、例えば盗んだ物を使っている者に対しても同様、考えられない。
 いったいどう使用すれば布団がこれほど汚れるのだろう、と驚くほどあちこち染みがついた布団を隅に積み上げる。持って行き、使い切ったり汚して使えなくなったものを戻されるほど迷惑なことはない。
 時々布団袋の中を確認するけれど、あたしがまた母の家に頻繁に来るようになってから布団が新たに染みで汚れていることはなく、疑いが消えることはないだろう。

 其の行為は僅かな時間。戻すのには一生を使うのだ。

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摺り合わせ


 家で作ってきた鶏肉と大根の煮物をおいしいと言い、母が残さず食べてくれる。大根の厚さを必ず褒める母に笑う。其の都度あたしは保温調理鍋を彼に買ってもらった話をする。
 母に不満はあるが一緒に暮らせないこともないかと想う。たぶん其れはお互い様だろう。部屋を完全に分けられるようにしたこともあり、それほど心配していない。これから出てくるだろう介護の問題も自分が背負うなどと考えてなく、利用できることは全部利用しようと想っている。

 最初から他人に期待しない性格は悪くもあれば良いとも想う。信用は期待に繋がらないこともないけれど、期待は信用に繋がらない。
 期待に決して、普通は、などと云うものは適用されない。故に何があっても相手に裏切られたと云う感情は湧かず、そう云う人間だと云うことでいい。

 クズか、そうでないか、時々自身をみつめる為立ち止まる。黒い感情が湧いても、クズになりたくない部分に対しては必死になる。
 おやつに弐個目のアイスクリイムを手にとり、えへへと笑う。母も釣られて笑う。
 施設に入れる気は全くありません、と言うと、何処で聞いてきたのかよくない話をする彼女に、胸を撫で下ろす。摺り合わせは順調に行っている。

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周囲


 期限が今日までの口座振り込みをするのに、指定された銀行に行く。母名義の通帳をATMに通したところで金額が大きく窓口でないと振り込めないことに気付く。が、母の身分証を忘れていた。
 請求元が町で名の通った会社だったことと母の名が記された請求書に加え、自分宛ての依頼書を持参していた御蔭で事なきを得る。

 仕事を懸命になさる方と言うのか、自分が知ることを駆使される方と言うのか、自身の頭で動ける方は素敵だ。
 数拾分の時間を経て倖せになっていた自分。

 帰宅した母にデイサービスの様子を尋ねると、職員が急に壱度に肆人も辞めたと聞かされる。面接時に何でもしますからと言うので採用したと云う話まで母は知っていて、それどころか話ばかりしていて動かなかったと教えられる。
 てっきり人生経験が少なく齢上の躯のことも余りわからない若い方たちだと想い聞いていたが、違っていた。

 周りを見て、一緒になって、行動することを散々教育されてきたが、本質を意識しない限り人は動くことはできない。
 整理がつかず立ち止まっている自分。せめて周囲から学ぼう。

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