例えば秘密のノートに記すように。

cancion-de-la-abeja(みつばちのささやき)          

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窓の内側


 笑い声が張り付いて落ちない。
 硝子に描かれた無機質な残像。
 窓の向こうはただ光がまぶしいだけ。

 光は部屋に入り込む。
 窓を開け、腕を伸ばし光にふれる。
 ふたつを分けるものは同時にふたつを繋ぐもの。

  窓の内側で生きている。
  窓の内側であなたと過ごしている。
  いつか消えてしまうと知っている。
  知っていても積み上げ紡ぐ、その窓の内側で。

 遠くまで行くことはなくなった。
 世界を教えてくれる人はもういない。
 窓の向こうは止まったまま弐度と動かない。

  窓の内側でも花は枯れる。
  窓の内側でも時はとどまらない。
  愛を残すのはあたしだけ。
  消えるまで止まない記憶。その窓の内側。

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 浴室の窓を開ける。弐階の窓を開ける。客間の窓を開ける。台所の窓を開ける。自室の窓を開ける。あたしは窓を開けることができる。躊躇うこともなく、ごく自然に。

 開けた窓を不快に感じることもなく、気にとられることもなく、あたしは壱日を過ごすことができる。電話帳を見ることもなく、便箋や切手の入った箱を引き出すことさえやめてしまっても、あたしは窓を開けることはできる。

 余り音楽を聴かなくなり、余り映画も観なくなり、余り文庫本も開かなくなったけれど、全くと云うことはなく、ときどきしては泣く、できると言っては泣く。そしてひとりでも笑う。彼とは話す。自然に話しかけることができる。夜も彼に声をかければ恐くない。

 窓辺に立ち窓の外を覗く。紙とペンと言葉があってよかったと想う。暫く風邪さえひかず伏せることもなく、欠かさずに書いてきた日記はあたしの窓。小さな小さな窓。泣きながらでも躊躇うことなく開けてきた窓。

 窓しか見えなくても、窓の奥には人の存在。誰かの手により開けられた窓。声にならなくても、其処に誰かの声、あたしの声。窓、窓、窓、・・・、あちこちで窓が開く。聞こえなくても、耳の内で響き渡る窓の音。あたしも窓を開けることができる。

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此処では此処の


 手の届きそうな枝は此の弐本で最後。それに今度来たときには花は終わりになっているだろう。
 うす紫の小さな花のついた樹木は葉がついている茎が多い。枝をひとつ折ると花の参倍は葉がついてくる。いっぱいになった自転車籠。越してこなければ、こんな大胆なことはできなかった。

 幾度か水を替えたこともあるのか、大きな枝を花瓶に活けるにも手際が良くなっていた。此の間と同じように其処に鉢植えから摘んだ花を添える。
 編んだ花瓶敷きは細長い花瓶には大きさが合うが、まるい花瓶には小さい。まるい花瓶は小さな丸椅子に乗ってもらう。

 些細なことでも数を集めれば、うんと素敵なものになる。限りもない。不便なことも多いが、此処では此処の暮らしをすればいい。
 少しづつ野生化しているようなあたしに、彼が困ったように笑っている気がしないでもないけれど。

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覚え書き


 花瓶敷きは完成までに参日もかかった。
 レエス編みは自分には向かない。弐玉残る絲が無くなったら、それで終わりにしよう。

 此の家で蚊を見なくなったのは、こまめに草を抜いているからだと想っているのだけれど、今年は草取りが追い付かず酢を吹きかけ様子をみることにした。
 スズメバチ駆除の依頼も今年は早いと耳にしている。

 母の溜め込んだ白い砂糖をどうするのがいいのだろうと考えていたが、ひとつ袋を開け花瓶に塊をふたつ落とした。
 花持ちがいいと伯父が言っていたっけ。真似していこう。

 したこともしなかったこともあたしの記憶。自分の壱部になっていく。
 もしローリング・ストーンズがツアーをすることになって来日もすることになったなら、今度は眼にすることができるだろうか。できてもできなくてもきっといとおしい記憶になるには違いない。

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記念日


 明け方に夢を見る。旅行に出掛けようとする夢だった。
 車の後部席に彼とあたしの兄とあたしで並んで座っている。前にいるのは身内には違いないが、はっきりしない。兄はめずらしく饒舌になっていて、彼と頻りに話をしている。車酔いするあたしはすぐに気分がすぐれなくなり兄に寄りかかっていたが、おにいちゃんの服に吐いていいよねとでも言うように久し振りで逢った兄に甘えては膝に乗ったり首に手を廻したりしていた。
 やがて施設のような宿泊場のようなところに着くと、兄と彼はあたしを置いて先にいってしまった。
 目が覚め、夢に出てきたのは自分以外は亡くなった人ではなかったかと驚く。

 花瓶にはおとつい摘んだ可愛らしい花々。今年初めての麻のパンツに今年初めてのアイスクリイムを入れた珈琲。どれも弐枚づつ買った布のコースターを引き出しから取り出し、どれがいいか彼に尋ねる。特に何もなくいつもと同じような日。
 男女問わず言葉を差し出してきた人はひとりもいなくなってしまったと云うのに、約束を交わしたわけでもない彼と今も一緒にいる。遺された覚え書き帳を開きパスワードのひとつを眼にしたとき、彼がふたりの記念日を憶えていたことを初めて知ったけれど、あたしが憶えていたことを彼が知っていたかどうかはわからない。

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