恢復
2025, Sep 04
恢復と云うのは元に戻ることでなく、最悪の事態や悲しみの淵から脱したことを差すのだと云うことがだんだんわかってきた。
走ることも跳ぶこともできるあたしの右足は、動いているとき其の刺激で痺れを感じることが弱くなる。椅子に腰掛け楽な姿勢をとると急に痺れが現れ、左足で痺れを散らすように右足を撫で事なきを得ている。
たぶん躯も心も一緒だろう。静物にしたって同じ。色褪せたり壊れたりする。同じように見えても少しづつ変化している。
古びて趣を感じるようになった机に、傷んだ箇所を直して味が生まれた籠に、美しさやいとおしさを抱いては彼との生活を棄てずにいる。
右足についてはまだわからない。いつかいとおしくなったりするのだろうか。
机の上に置いたままにしている此の夏届いた暑中見舞いの前で必ず躯が止まる。秋も深まる頃手紙は此処に転送されなくなる。
かつて自身に流れていた時間と其処から逸れた参年ほどの時間の流れが乖離したまま一向に重なる気配を見せない。不義理をごめんなさいと頭を軽く下に動かし葉書きを書架の隅に移す。
明日明後日と此の時間も変わっていくだろう。壱度感じたやさしさはきらきらとしたままで。