無言
2026, May 31
昔、言葉は雑踏の中からやってきた。今は話し声しか聞きとれず、言葉は静寂の中からやってくるようになった。同じなのは、言葉は人を選ぶと云うこと。
あたしが持てた言葉は少ない。器は小さく、数多くの言葉を与えられる者に足りないことがわかる。
若い頃は流行語や省略された言葉や(マジなどのような)便利な言葉を知らないことを辛く想ったときもあるが、言葉は道具のように齢とともに自分に馴染むものが変化する。
空気を読むことは棄てようと想ったあたしを、言葉は見捨てなかった。棄てようと想ったとき、あたしがそれまでとってきた行動に言葉を与えてくれた。無言の抗議。其れもまた強い意思、・・・かと想う。
今日もひたすらチューインガムを噛む。昨日は午后弐度も寝てしまった。そのうえ就寝時間は早かったのに、目覚まし時計が鳴るまで眠っていたせいか、昨日よりずっと気分がいい。
銀紙を手にしたところで時計を見ると、噛み始めてから壱時間半しか経っていなかった。