例えば秘密のノートに記すように。

cancion-de-la-abeja(みつばちのささやき)          

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櫻の枝に


 花瓶に活けた櫻の枝にいつかの春を想う。
 剪定されたばかりの枝垂れ櫻の枝を、自転車の籠いっぱいに分けてもらったのはいつだったろう。花瓶もなく飲み終えた後の牛乳パックに挿し、借家の趣のある引き戸の前に置くと、まるで夢のような空間ができた。
 或のときほどの華やかな櫻ではないにしろ、小振りの薄紅色の花が愛らしい。ねっ、ねっ、と彼に幾度も声を掛けてしまう。

 借家の近くの白い山櫻の咲く通りも、近くの公園のうこん櫻も、町を流れる川に沿った櫻の道も、自転車で走った染井吉野の長い道も、樹齢何年だったかの寺の枝垂れ櫻も、森林公園の八重櫻も、・・・・、あたしには過去のものでなく現在のものとして存在している。
 なつかしいのでなく愛おしい。

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整える


 珈琲を淹れたり花を乾燥させたりする都度傍に感じる彼に、定まった齢はない。それならば、と母のベッドを和室に移し和室を母の部屋とし整える。
 桐の和箪笥は自分には動かせず、最初和箪笥と並行し掃き出し窓側の障子側にベッドを置いたもののしっくりこない。それで思い切ってベッドの向きを玖拾度替え和箪笥と並べるといい具合になった。
 ベッドを挟んで籐製の鏡台と籐製のチェストを置き、壁には母が戴いた賞状や母が染めた塗り絵を掛けると、デイサービスから帰った母が素敵と言い笑う顔が浮かんだ。
 今日は此処まで。チェストの引き出しの中身は後で整理しよう。それから玄関の脇の縁側周りももっと整えよう。其処は父が座るのにいい場所だ。

 良くも悪くも受け継いだもので自分は暮らしている。
 ××ちゃん、・・・。今日も台所からあたしを呼ぶ彼の声が聞こえる。

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体調


 原因は未だに不明なままだが平熱に戻ったと聞かされ病室を訪れようとすると、部屋が変わっていたことに気付く。名前を探すと、ナース・ステーションから最も近い部屋に移動していた。
 日当たりのいい窓際から入り口に置かれたベッドに横たわる母は間もなく眼を開け、あたしをじっと見ている。疲れた顔に声を掛けながら躯のあちこちをそっと撫で最後に手を取ると、握ってくるのでまだ力があることに安堵した。
 帰り際頬に手を当てると温かいと声を発するので、頬を包むように両手を当てているとしだいに頬が赤らんできた。元気そうに見える顔になり、いい顔になってと笑顔で部屋を出る。
 今日はいとこも来る筈だったが、風邪をひき熱が出たと連絡をもらった。
 外出時真夏でもマスクを着用するようになり数年、あたしは風邪をひいていない。寝不足になる以外はさして問題もないが、かかりつけの医者がいないことに時々考え込む。もう一緒には暮らせないけれど、母のことは或の日入院を選択してよかったのだろう。

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アカシアのリース


 まるめた枝が乾いてしっかりしたので隙間に短い枝を挿していくと、無骨ながらアカシアのリースができあがった。玄関のベンチを置いた辺りの壁に掛けると、以前住んでいた家の玄関の雰囲気と重なった。
 以前は玄関に乾燥花だの人形だの硝子製の小さな置き物だのとたくさん並べていたけれど、彼も何も言わず、それどころか意外な客人に褒められたりしたものだから、此処に越すまで何年もそのまま過ごすことになった。
 此処で新たに此のリースから玄関を整えていこうと想う。
 リースにはもう少し花を足し華やかにしてみようか。けれどリボンを付けたり他の花を足すことはないだろう。どんなに美しくとも自身だったり彼だったりが感じなければ要らない。
 日々自身を削ったり足したり。部屋も暮らしも同じ。そこにあるのはそこで日々を過ごす者の呼吸。

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ふくらんだ珈琲豆


 驚くほどふくらんだ珈琲に想わず彼に声を掛け、一緒に匂いを嗅ぐ。
 昨日まで飲んでいた珈琲はあまく飲みやすかったけれど、どんなに丁寧に蒸らしてもたいしてふくらみはしなかった。初めての購入に立派なトートバッグと小冊子までついてはきたが、そう言えば焙煎日は記されていなかった。
 今回頼んだ珈琲豆は安価でブレンド豆のせいかばらつきもあり苦みが強いのに、焙煎日が記され、新鮮なだけ飲みやすい。

 買い物をしてこようと外に出ると、鉢植えに青いハナニラがひとつ咲いていた。パンと牛乳の他、ホタルイカも買ってしまう。
 これも好きでしょう?と小皿を珈琲カップの隣りに置く。其の傍にはいっぱいのアカシアが。
 好きなことも愉しいことも、彼に繋がる。
 アカシアのリースも乾いてきて形が定まりつつある。

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