例えば秘密のノートに記すように。

cancion-de-la-abeja(みつばちのささやき)          

忍者ブログ

静物と記憶


 壱年経っても先に進まない手紙は、便箋に折り目がたくさんついてしまった。作業場にしようと考えた弐階で、冬のやわらかな陽射しの中にただ立ち尽くす。
 押し入れを整理したり、棚をふたつ並べ其の上に板を置き作業台をこしらえ、壱階から机や電気ストーブを持ってきたのに、立ち尽くしていることの方が多い。

 カーテンを染める光や床に落ちた光。茶色になっても棄てずにいる紫陽花の乾燥花やハンガーラックに掛けたお気に入りの上着。何度も眼にしているものを今日も眼に入れる。そうして静物と呼吸を合わせてみる。
 動いていないからといい決して動いていないわけではないように想う。光を受け陰影を作ったり、色褪せ形を変えたり、其処には自分には聞こえないわからない言葉がある。彼らも自分と同じに記憶を残している気がする。
 ひとつでありひとりの個は、静物も自分も・・・。

拍手

      郵便箱

爪を切る。


 未だにベコニアはいっぱいの花を咲かせている。蔦は枯れているのに、中央に青が入っている白い朝顔もやはり花を咲かせたままでいる。スイートピーかと想われる紅色のひらひらとした花びらも元気なままで、季節がわからなくなる。
 お湯を使い洗い物をするようになった途端に、ぽろぽろと崩れていったあたしの爪との随分な違いに戸惑う。
 きれいだけれど、いつ彼らは休むのだろう。いったいいつ枯れるのだろう。

 面会に行き、来たよ、と声を掛ける傍から、気をつけて帰ってね、と返してくる母に、まだバスが来るまでに時間があるのと言い笑う。
 良くもならないけれど悪くもならない。それでも半年前に比べると躯は細くなった。

 気持ちとは裏腹にあたしの生もひたむきで、花々や母たちに並び時を往く。
 壱ミリも伸ばしておけない爪をぱちんと切ったあとではらはらと泣いた。

拍手

      郵便箱

積雪


 遅く起きた朝。屋根に雪が積もっていた。昨日夜になり降ってきた雪は、雨にならなかったらしい。何度も教えたのに、と彼の声が聞こえる。
 あれからもそう変わりない日常。

 編み終えた前身頃と後ろ身頃。合わせながら、このまま仕上げようかセーターにしようかと考える。
 正月だと言うのに、普段となんら変わりない生活。

 陽が昇り、勢いよく流れ始めた水の音。溶けていく雪。屋根の上は白椿を散らしたような状態に変わっていく。
 あたしが絶えても続いていく世界が、違和感のない真っ直ぐなものでありますよう。其れが特別なことでなく普通のこととして存在しますよう。

拍手

      郵便箱

風花


 昨日気付くとROSSOの「1000のタンバリン」を歌詞を変えてうたっていた。

 曇り空。晴れるか晴れないか、あやふやで鉢植えを玄関の中に入れて散歩に出る。ケーキ屋は開いてなくて、コンビニエンスストアで苺のショートケーキと国産栗使用のモンブランケーキを買った。
 帰り道、うたうのは「1000のタンバリン」。眼の前にちらついた白いものが何だかわからず、最初埃かと想った。降っているか降っていないかわからないような雪だった。

 誕生日おめでとう。歳をとらない人の歳を数えて、モンブランケーキで祝う。

 折れてしまった昨日、生きている。折れてしまったと既にわかっている今日、それでも笑っていたい。だって見上げれば1000のタンバリンを打ち鳴らしたような空が。

拍手

      郵便箱

1000のタンバリンが


 正方形の小皿、小さく切った煮物に伊達巻、スナップエンドウに焼き海老に黒豆を添えて。真っ白なカシミヤのセーターにニョロニョロの柄の靴下。他に何もない。
 折れてしまった昨日、生きている。折れてしまったと既にわかっている今日、それでも笑っていたい。だって見上げればあたしにも1000のタンバリンを打ち鳴らしたような星空が。

 あけましておめでとう。そう言って彼の前に小皿を置いた。

拍手

      郵便箱