例えば秘密のノートに記すように。

cancion-de-la-abeja(みつばちのささやき)          

忍者ブログ

頁を戻る頁を捲る

ブルーベリィジャム


 砂糖の味しかしないジャムが子供の頃嫌いだった。大人になり試しに甘さを肆拾パーセントカットしてあると記されたジャムを買ってみたが、やはり砂糖の味しか感じられずジャムは好きになれなかった。
 或る日黒すぐりのジャムが売られているのを眼にし、黒すぐりの味が大好きなあたしは嫌いなジャムだとわかりながら手を伸ばさずにいられなかった。其れが仏蘭西のジャムだった。砂糖の記載はなかった。初めてジャムをおいしいと想った。それから伊太利亜のブラッドオレンヂのジャムととオーストラリアのさくらんぼのジャムも買うようになった。
 此の町に今まで口にしていたジャムはなく、仕方なく果実のあまさだけで作ったと記された国産のジャムを試しに買ってみたところ、想像を裏切られ嬉しかった。今までどんな国産のジャムを戴いても砂糖の味しか感じられなかったのに、ちゃんとブルーベリィの味がした。

 新しくものを知っていく。
 過去は脳裏に収まっていても未来は全く眼に見えず、彼から遠ざかっていく感覚に襲われるけれど、実際は逆なのかもしれない。
 いつ自分が絶えるのかわからなくても、生まれたときから死に向かって歩いているのは間違いなく、あたしは日毎彼に近付いているのだと想う。

 ブルーベリィが安く売られていたとき買ったらいいのにと彼が勧めたブルーベリィは瑞々しくおいしかった。
 ブルーベリィジャムの傍らで過去と未来が交錯している。

拍手

      郵便箱

頁を戻る頁を捲る

想像する


 1と記されてあるならば、其処には静物が壱個置かれているのかもしれないし、人ひとりを表しているのかもしれない。ざっくりとした想像しかできないけれど、存在を蔑ろにするのは悲しい。
 自分の欠点は夢見がちなことかもしれないが嘆く必要はなく、良く言えば想像できるとも言えるのかもしれない。人は自身の欠けた部分を自身が持つ他のもので補えると知ったとき、卑屈にならなかった自分をあたしは自身で人知れず撫でた。

 己の事情を盾にし、こちらが融通の利かないと責める者に想う。事情の無い者など存在するのだろうか。そんな相手に浮かぶのは想像しない人間像で、確定申告をする季節になると溜息が出てくる。
 是まで壱度も受け取っていない供託金はどれくらいになったろう。解決まで僅かとなったのでそろそろ受け取っても良いでしょうと先生に言われたが、其の日までこれからも供託書は先生に預けるつもりでいる。
 あたしは自身の都合を押し通したり、其のことで虚偽を働いたりはしないだろう。相手が苦しむ様を想像するとぞっとする。

拍手

      郵便箱

頁を戻る頁を捲る

菜の花、たんぽぽ、山吹


 水仙とねこやなぎを活けた花瓶に菜の花が足される。土手で抜いてこようかと想っていたら、床屋に行った母が抱えて帰宅した。
 菜の花は床に零れるので花瓶の周りに薄紙を張り飾ると豪華な雰囲気になった。普通の白い用紙でなく、鳳凰が描かれた青い花瓶に似合いそうな用紙を今度買ってこようと想ったくらい部屋が明るくなった。

 春は遠い。でも其処へ向かっていることを花ひとつにしても感じる。
 戸棚が届いたら、陽の向きが変わったら、・・・。したいことが沢山あって、箪笥の引き出しを開ける。取り出しのは、地味な色合いが気に入っているたんぽぽの柄のハンカチ。其れを拡げて机に掛けた。
 花の中を通り過ぎる。美しい時の中を通過していく。寄り道が絶えないあたしの先で彼が待っている。嗚呼、あなたは山吹の花が好きだったな、と想う。

拍手

      郵便箱

頁を戻る頁を捲る

自室にて眠る


 家計簿と日記のひと月のまとめを自室でし、そのまま床に就くことにした。
 電気代の節約にと居間兼母の寝室の隅に布団を敷き寝ていたが、居心地は悪かった。自室の方が何をするでも素早くできて気分も違う。

 横になると冷蔵庫から出る音が気になったが、台所続きの部屋なので仕方ない。それに母の立てる音よりは静かだ。面白いのは家が出す軋む音で、初めこそ躯がぴくっとなり困ったが、しだいに愉しい音に変わっていった。そのうち自分の壱部として受け容れているのかもしれない。
 壱度目の改装の折、台所と自室になっている部分は物置にする予定だったので部屋に電気のスイッチがない。その為いちいち居間に行かなければならず不便だ。扉を開けたすぐ横にスイッチがあるのが救いだ。

 たぶん今の状態も長く続かない。そのうちまた此の家にも変化が訪れるだろう。おとなしくすやすやと隣で眠る亀たちを見ていると、少しのことでは自分は揺らがないと想えた。
 電気代には驚いたけれど、もっと此の部屋にいよう。もっと好きになろう。
 (翌朝目覚めが、とてもよかった。)

拍手

      郵便箱

頁を戻る頁を捲る

生活感


 迷っていても仕様がないので、戸棚を注文をした。中に彼の荷を入れ、上に法名軸や仏具を乗せようと想う。レコードプレーヤーも置けたらいいのだけれど、機材を購入する必要があり、其れは後々考えよう。
 樹木は樺。引き戸の下に引き出しもついている。生活感の無い隠す収納がおしゃれ云々と時々雑誌の表紙で眼にするが、あたしは生活を感じさせるものや見える収納を好む。寫眞で見た裸足で水汲みをするアフリカの男の子や果物の籠を持ち上げようとしているエプロンドレスを着た伊太利亜の女性は素敵だった。

 何処の國のどの村だったろう。樹木を組み上げた家に、中は藁を敷いたり藁を編み綱にし拵えたゆりかごのベッドが置かれていた。土間にまるく石を置き其の中で火を焚き料理をする。電気は通ってないらしく夜は暗い。
 朝の光はまぶしく夜の静寂(しじま)は美しく、人々の表情は深く、生活が間近にあればあるほど(そして其れを苦と想っていないほど)其れにふれたこちらは高貴さを感じてしまう。鶏の締め方も知らない自分とはなんて云う違いだろう。

 鏡に寫る自分は時々疲れた顔をしている。が、其れは決して生活感から来るものでなく対人関係にあるのだと想っている。

拍手

      郵便箱