例えば秘密のノートに記すように。

cancion-de-la-abeja(みつばちのささやき)          

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防犯カメラ


 朝玖時、日が当たり始めた玄関の扉の前に亀の水槽を置く。
 誰かに悪戯されたら、と心配したけれど、防犯カメラにしっかり寫る亀を確認し散歩に出るようになった。

 防犯カメラの設置後も暫くは半信半疑でいた。すり抜ける方法がないわけではないと知り、そこまで疑っていた。
 今でも家の中にちょっと変わったことがあると(母が元の場所に物を戻さず、あり得ない場所に置いていただけのことだが)、空き巣を疑ってしまう。もうそんなことはないと理解した後でも、ほんの壱瞬に過ぎなくても、過去は消えることなく蘇る。

 証拠も証明も罪に問われなかったと云うことも、事実とは関係ない。誰が知らなくとも、誰が気に留めなくとも、誰が見ていなくとも、事実が変わることはない。そして、本当に罰することができるのは自分自身だ。
 防犯カメラが寫さなくとも、過去に起こったことも今の気持ちもあたしは忘れない。

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ごちそうさま


 おやつに戴いだ小麦まんじゅうを温めた。保温中の炊飯器に入れただけ。
 夕食も戴いだものを使いこしらえる。大根のお味噌汁にきゃべつ炒めにとろろ掛け御飯。米もきゃべつも使い切り、ぽんと手を合わせる。これだけでも倖せな気持ちになる。与える者の気持ちを想像すると目眩さえしてしまう。
 眼の前の損得で物事を考えるのは幼い行為に見えていた。それがしだいに愚かに見え、哀れに見え、今では見えなくなってきている。良くも悪くも興味ないものがどうでもよくなってしまう自分。
 夕食を食べ終え、ごちそうさまとまた手を合わせると躯が温かくなってきた。

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床置き


 未だに床に置き放しになっているレザーディスク本体とレコードプレーヤーにコード類(此れらは仕様がない)。それからCDラジカセに鞄類に返信しないままの参年分程の手紙に書架とラックに零れてしまった本。
 たいして持っていないと想っていたレコードやCDや書籍の肆分の参は処分した筈が、部屋がすっきりしない。処分したロッカー箪笥と彼の書架以上に入っていたものを処分し、押し入れに入れていたものは弐階に置いたのに、計算が合わないことになっている。
 壱日の半分は雑事に追われ、肆分の壱は彼を思い出し悲しみに溺れ、捌分の壱は彼を想い満ち足り、あとの捌分の壱の時間を日記や部屋の整理などにあてがう。其の捌分の壱の時間で此処に移ったことを頭に覚えさせようとしている。
 床置きは実感の殆どない暮らしに通じているような気がする。
 いつまであたしは休む気なんだろう。いつまで休んだらいいのだろう。それとも此れが今の暮らしと前をみつめるようになるのだろうか。少し休みたい、そんな気持ちがずっと続いている。

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よかったね


 此の冬は下着さえ買わなかったと想ったとき、秋は、夏は、と思い出し、はたと気付く。服を買う気が無くなっている。

 彼と一緒に店に入り気に入った服の前で立ち止まる。買うの?と彼に訊かれ買わないと応える。また其の店に行くと、同じ服の前で立ち止まる。また買うの?と訊かれ買わないと応える。そしてまた其の店に行くと同じことをしている。値の下がった服に、彼に買えばと言われ購入すると云う具合だった。
 そうして帰宅し買ってきた服に着替え、(安く買えた)どうだあといつも彼に見せていた。彼はよかったねとにこにこと応えていた。
 知らなかった。彼に見せることが愉しかったなんて・・・。

 春になるまでに壱着、ワンピースかブラウスを購入しようか。それも少し値が張るものを。
 彼の前に立ったら、どう応じてくれるだろう。よかったね、の言葉しか思い浮かばないのだけれど。

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ガウン


 カーディガンを出す為に桐箪笥の引き出しを引く。不織布に収めまるめて入れたものからひとつ取り出す。取り出したのは灰色の霜降りの彼のカーディガン。
 長めのカーディガンはあたしが着ると膝まで届き、まるでガウンのようでパジャマの上に着るのに丁度よかった。元々袖口が折り返すタイプのもので、袖も手首の先まで行くことはない。

 誠実に生きることは難しく、何度も逸脱し其の都度正すの繰り返し。そもそも誠実と正直は必ずしも一致するものでなく、人格がしっかりしていない自分は答を探し悩むことになる。
 初めに抱いた気持ちに戻ろうとするとき、いつしか其処に彼を感じるようになった。気付かなかっただけで、ふたりの時間ができたときからそうだったのかもしれない。考えると恥ずかしくなるくらいあたしは眼の前のことに集中するだけで、特に自身に対する意識に無頓着だった。

 ついていけない。そう言わなかった彼。
 未だに地平線を見てばかりいるあたしを、白いものばかり想像して愉しむあたしを、駄目なあたしを今も彼が包んでいる。

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