例えば秘密のノートに記すように。

cancion-de-la-abeja(みつばちのささやき)          

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土手の道で


 土手の道を横切る小動物。追い付けない速さで草の中に姿を消した。
 増えすぎても無くなっても悲しい命。
 滅多なことでなく此れが日常であればいい、と空を仰ぐ。風が強い。草が横に流れていた。

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茱萸の枝


 丁度壱週間、萎れず残っていた紫陽花も夜にはぐったりしてしまっていた。壱週間前と同じように買ってきた紫陽花とダリアを活けた花瓶。違うのは茱萸の枝。茱萸の枝が売られているのを見るのは初めだった。
 サンキライでも火棘でも薔薇でも赤い実を生らした植物を見ると、いいなあと想い立ち止まってしまう自分。茱萸の枝が入ったバケツの前で動かなくなった自分に気付き、またやってしまったと想い恥ずかしくなった。
 そうして買ってきた茱萸の枝は、バケツの中よりも落ち着いた姿で家の中におさまっている。ふと想い黒い家具の前に花瓶を持ってくると、実の赤い色が際立ち茱萸の姿はいっそう輝いた。
 早くも乾燥花になった紫陽花のひと枝を硝子瓶に移し、あたしは倖せな気持ちで横になった。

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暮らしを皿にのせ


 いとこから玉葱が届く。葉を残し吊るしておくといいと教えられ、伯父さんがしていたようにねと確認すると、知ってたかあと言われ笑う。
 吊るしておく場所は父の梯子にした。大玉の玉葱を拾個吊るした梯子が愛らしい。
 ふたつは台所に持っていき、ひとつは早速包丁を入れた。引っ越しのとき持ってきたと想っていた花柄のレトロな保存容器がないことに驚いたが、玉葱の酢漬けは作り続けている。
 ちょっとしたことでも何かする都度想うのは彼のこと。
 ふたりで作ってきた暮らしを皿にのせ、あたしの好きなクリント・イーストウッド監督の誕生日を祝う。

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無言


 昔、言葉は雑踏の中からやってきた。今は話し声しか聞きとれず、言葉は静寂の中からやってくるようになった。同じなのは、言葉は人を選ぶと云うこと。
 あたしが持てた言葉は少ない。器は小さく、数多くの言葉を与えられる者に足りないことがわかる。
 若い頃は流行語や省略された言葉や(マジなどのような)便利な言葉を知らないことを辛く想ったときもあるが、言葉は道具のように齢とともに自分に馴染むものが変化する。
 空気を読むことは棄てようと想ったあたしを、言葉は見捨てなかった。棄てようと想ったとき、あたしがそれまでとってきた行動に言葉を与えてくれた。無言の抗議。其れもまた強い意思、・・・かと想う。

 今日もひたすらチューインガムを噛む。昨日は午后弐度も寝てしまった。そのうえ就寝時間は早かったのに、目覚まし時計が鳴るまで眠っていたせいか、昨日よりずっと気分がいい。
 銀紙を手にしたところで時計を見ると、噛み始めてから壱時間半しか経っていなかった。

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チューインガム


 相も変わらずローリング・ストーンズの流れる部屋で、久し振りに買ってきたチューインガムの包みを開ける。そして物凄い勢いでチューインガムを噛む。
 まるで仕留めた草食動物の骨を砕く鰐のよう。信じられないほどの強い力で。噛んで、噛んで、噛んで、・・・。そのうち味がしなくなってもそのまま強い力で噛み続ける。
 道理で毎日疲れる筈。けれど、止めることができない。噛むのに疲れたならきっと自然に止まるだろうから、それまで嚙み続けるだけだなんて想っては参時間が過ぎていこうとしているところ。いつのまにか包み紙の模様が変わり驚くほど素敵になっていることに、少しなぐさめられて。
 なんか、あたしってさ、時々歯車の位置がずれたみたいになるの。と、此の間観た古い映画の中の女性のような口調でつぶやいてみては笑う。チューインガムを噛んだままで。
 チューインガムを包んでいた銀紙を「FOOL TO CRY」が滑っていく。生きるってさ・・・。そうつぶやこうとしてよしておいた。

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