例えば秘密のノートに記すように。

cancion-de-la-abeja(みつばちのささやき)          

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袢纏


 其れが手縫いで中身が綿だと判ったとき、傷んだ其れを直そうと想った。
 尻まで隠れる長さの袢纏はいったいいつ誰がこしらえたのだろう。
 子供の頃、母方の祖母がこしらえたものを着ていたのを憶えている。弐度こしらえてもらった憶えがあるので、実際は其れ以上だったろう。
 祖母がこしらえたものにしては縫い目がお粗末だが、母が直したのかもしれない。それとも伯母のおさがりなのだろうか。
 布を何処で調達しようか。自分にできるだろうか。してみようかと云うことを新たにみつけ逸る胸。明日なんてもういいと想ったり、明日はパンを買いに行こうと想ったり、たぶんプラスとマイナスの境界上にあたしは今いてたくさんのことは・・・、そんなこともと言われるようなこともできないけれど、後退もしていない筈。
 椅子から立ち上がり長い息を吐き大きく息を吸う。昨日町役場に行った際、令和7年と書いてきてしまったことを思い出し。

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いつのまにか


 毎日のように火災発生の町の放送が流れている。風の強い日、火の粉は何処まで飛ぶのだろう。其の都度鎮火の放送に安堵する。
 実際に焔が飛ぶ光景を眼にしたことはないけれど、真っ赤に染まった映像は悲しみと云うひと言では表せない。
 いつのまにか余りにも吹き荒れるようになっていた風。余りにも烈しく降るようになっていた雨。余りにもぎらぎらと照りつけるようになっていた太陽。
 抵抗の術も知らず、家の周りに棄てられた煙草の吸殻を拾う。其れを悲しみと呼びながら。

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カラフル


 日当たりのいい弐階の部屋に干した洗濯物は白と黒いものばかり。乾いてたたんだ洗濯物も白と黒いものばかり。
 母の入院後も春物、夏物、秋物、冬物と代わる代わるハンガーラックに掛けてきた。自分と違い多彩な母の衣服をどう並べて掛けようか考えてしまうこともあったけれど、母ならそういったことは全く気にしないだろう。自分の肆倍も伍倍もある衣服に想う。
 どれも勝手に着てもいいと言われたことを思い出し、ハンガーから壱枚外し躯に当てる。好きな麻の服とは言え、翡翠色の華やかなツーピースを自分が着ることはあるだろうか。
 持ち主不在の部屋は相変わらず色が溢れ、ちっともしんとなどしていない。

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黒く塗れ


 スタンリー・キューブリック監督の「フルメタル・ジャケット」をやっと観ることができた。他の知られた作品より、自分には壱番心に残ったものになった。最後にローリング・ストーンズの「Paint It Black」が流れるのも大きい。
 やりきれない感情がときどき表に出てくる。表に出てきたときは表現することを選んでいる。自分の場合、絵、寫眞、詩文、とだいだい其のみっつのうちのどれかになっているけれど、どれにもならないときは思い出した歌を口遊む。「If I look hard enough into the setting sun ・・・・・」
 此の頃歌を口遊むことが多くなった。

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場の雰囲気


 病院へ面会に行った夜は必ず疲労するようになった。冬の寒さがそうさせるのだろうか。

 夜中に目が覚めた。長い夢を見ていた。
 いつものことだが母が説明もせずあたしに頼んだとひと言告げ出掛けてしまう。扉を開けると、大勢の人が部屋の中に座っていた。若い頃ならおろおろして此処で目が覚めただろう。
 特におろおろすることもなく、本来なら対応する者が出掛けてしまったことや自分が対応できる範囲を説明したあと謝罪すると、誰一人怒ることもなく部屋を出ていく者もいなかった。対応を始めると向かって右端に座っていたグループで来ていたらしい女性たちから「大丈夫よ。」だの「あたしたち急いでないもの。」だのと声が掛かった。そのうちのひとりが有名な菓子店の名をあげ「券を持っているからあげる。」と言う。
 何故と想いながらも安堵したのだろう。笑うと「私も持っているからあげる。」と別の女性からも声が掛かった。
 途中で目が覚めてしまったけれど、彼女たちの御蔭でおそらく最後までやり遂げられたのではないかと想う。

 場の空気に強く反応してしまう自分は、場の雰囲気を良くする人に助けられる。ありがとうと言った傍から熟睡してしまっていた。
 夢で見た人。顔もはっきり憶えてなく、名も知らぬ人。けれど、何処かに存在している。

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