例えば秘密のノートに記すように。

cancion-de-la-abeja(みつばちのささやき)          

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墓参り


 何度共同墓地の立派な墓石の前に立っても実感が無い。思い立ち来てはみたものの、父もそうだが、夫となると全く気配が感じられず、とても此処に眠っているとは想えない。
 寺を出てひょろひょろとした青い稲が植わっている陸田の脇の道を自転車で走っていると、頭上に気配を感じた。目線を移すと頭上を越えていく鳥の姿があった。
 最初鷹かと想ったが、鳥がすぐ先にある電柱に止まったとき、長い首と躯にシラサギだとわかった。見送ってくれるの?と想わず声が出る。其の後でもしかして父?と問うが返事はない。

 壱日がかりを予定しておいたとは言え、暑くなり疲れが出たのか帰路はかなり時間が掛かってしまった。
 帰宅し、あたしが亡くなるまでふたりとも此の家で過ごして、と言うと、夫は聞いているのかいないのか食器棚から珈琲カップをとり出そうとしている。父は父で仏壇にあがった柿を手に取ろうとしていた。
 気のせいだとひとりごちてみたものの疑問は何ひとつなく、柿はまだ硬いからと父を止めていた。

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裁縫箱


 これまで使っていたベイビーブルーの缶の裁縫箱も気に入っているけれど、母の裁縫箱も棄て難い。引き出しがあり参段になっている母の裁縫箱は、蓋になっている部分に端に金具付いていて蓋を外さなくとも開閉ができる。傷んではいるが、木製なので紙やすりを掛けたりニスを塗ったりすればまだまだ使えそうな気がする。
 弐日にひとつ、掃除したり直したりしている。父不在の拾数年は大きく、ライクワークからライフワークになりそうだと苦笑する。
 過去と今を少しだけ繋ぎ乍ら小さな夢を見る。たくさん陽の入る弐階の部屋。寝転がる今より歳を取った彼とあたし。

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きゅっ


 壱年間髪を切っていなかったような気がするけれど定かではない。
 毛先の乾きが気になり裁ち鋏を入れる。後ろはやっと襟に届くくらいな長さになった。もう少し切ればさっぱりするのだろうが、自分でするならこんなものと多くは求めない。不揃いも気にしない。オイルでまとめてしまえばいい。
 結わくのにも容易になった。リトルミイから遠ざかってしまったものの、家事をする前にきゅっと結わけると想うと嬉しい。

 服でも家具でも新たに購入せず直して使っていこうと想う。そう云うことがより愉しくなった。
 ただ靴は買わないと。紐で結ぶ黒い布靴。硬くもなくやわらかくもなく薄くもなく厚くもなくアーチが自分の足に合う或の銘柄。然も安価で意匠も好み。足を入れると気持ちがきゅっとなる。

 やる気が減ってしまったのか、ぼうっとすることが多い日々。それでも朝彼の前に立つとスイッチが入る。おはようと言うと嫌な気持ちが途端に消える。
 真っ直ぐになる背筋。耳の内で鳴った音が可愛らしい。

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机と椅子


 作業台と机を兼ねるには無理があるとわかり弐階に机を置く。
 天然木の折りたたみ式の机はなんとか弐階に運べる重さで、此れにしてよかったと改めて想う。別売りの椅子もあったが高さが合わず背もたれの無い籐椅子を購入したが、其れも重さがなくて助かる。
 机に合わせ売られている椅子は例外なく自分には高いと感じる。背が丸まり腰に負担が掛かり長く座っていられない。

 籐椅子に座り部屋を見渡す。
 弐階に扉はなく廿畳はあるかと想う板張りの部屋がひとつあるだけ。其処にうすい陽が入り床がオレンヂに輝いている。いつのまにか縁側に乗っていた柿の色に似ている。近所の人が自宅の柿をもぎり届けてくれたのだろう。

 大丈夫。大丈夫、と理解できないような言葉が口を突く。
 レエスのカーテンを通した陽は何本もの立て筋があり、包帯を並べたように床に拡がっていた。

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覚え書き


 ペンとメモ帳が欠かせない。文字に素描に図にと壱枚の小さな用紙にごちゃごちゃと書き込んだり、破って付箋にしたり、みつけた四つ葉を挟んだり、足りなくなったティッシュの代わりに血止めに使ったり、・・・。
 覚え書きに記した用事を済ませたり、壱日の終わりに日記にしまとめてしまうと、壱枚づつ破って済んだことの確認とする。

 渋柿を買ったのは何日前だったろうと想い数日分の日記を読み返す。
 過去形で綴ったらいいようなものがそうなっていないのは、メモ帳からまとめているとさっと読んだだけでわかる。なんて雑な日記なんだろう。

 降り始めた雨。今夜はティム・バートンの映画のテレビ放送がある。何故クリスマスでなくハロウィンに放送されるのかわからず、メモ帳には?×が足されている。其の覚え書きも破って塵箱へ。
 今日最後の壱杯の珈琲を口に含む。
 忘れてしまうことの方が多いのに、殆どが他愛ないことばかりなのに、雑な生き方をしているだろうに、彼も是もいとおしいと想ってしまうなんて。
 柿の熟す日を待っている。

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