例えば秘密のノートに記すように。

cancion-de-la-abeja(みつばちのささやき)          

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ラナンキュラスと芍薬


 見切り品の中にラナンキュラスの花束をみつけ壱瞬躊躇するものの、うすいきいろに紅い縁取りの花は壱日で萎れてもいいと想えるほど愛らしかった。
 今朝、金盞花を新聞紙に包んだ。開ききった花、溶けてしまった茎。気温が高くなったこともあったからか、壱週間持たなかった。

 ラナンキュラスは茎を切り背の低い花瓶に活け、彼の傍に置いた。花が下を向かないよう周りにスズランの大きな葉と麦を挿した。
 父の傍に置いた背の高い花瓶には紅い芍薬を壱輪。
 幸福感があたしを包む。

 壱瞬と永遠にどれほどの違いがあるのだろう。留まりはしない時間。瞬間が此処にあるだけ。そんな奇蹟にふるえてしまう。

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些細な愉しみ


 朝起きて顔を洗い化粧水をたたき布団をあげ着替えをし割烹着をかぶったら、お湯を沸かし緑茶と珈琲を淹れる。それから父と彼とカエルの人形たちに朝の挨拶をし、亀たちを外に出し植物たちに水をあげる。
 たまに市販のパイ生地を解答しバターで炒めただけの林檎やほうれん草のパイをのせトースターで焼いたりもする。其の間に、シャッターを上げたり塵を出したり洗濯したり床を雑巾掛けしたりきゃべつやトマトを切ったり。

 壱日中泣いたりしないで暮らしているのは、毎日自分に合ったことをしているからだと想う。コスパだのタイパだのと云うものを考えたら相当無駄な暮らしをしているのだろうが、それは自身の核にはならず、欲しいとも得たいとも想うものがそこにみつからない。

 春になり台所の西側の窓が随分明るくなったと想っていると、北側もつられるように明るくなってきた。それで北側に置いた家具をひとつ移動させた。するとより明るくなり、朝が過ぎるとベンチに腰を落とし明るくなったところをぼんやりと見ているのが愉しみになった。

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朝毎の草花


 肆鉢に分け植え替えたアマリリスのひとつが莟をつけた。どれかひとつでも育てばいいと想っていたけれど、壱番葉が茶色になった株が莟をつけるなんて、植物のことがわからないあたしは単純になんて頑張り屋さんなのだろうと想ってしまうばかり。
 枯れてしまったように見えた柘榴の枝もブーゲンビリアの枝もガジュマルの枝も新しく葉をつけ、鉢植えはまた緑であふれた。それから白い花を咲かせたペチュニア、あかむらさきの花を咲かせたキンギョソウ、ピンクの花を咲かせたムシトリナデシコ。

 朝になり玄関の戸を開け、亀たちを外に出し、鉢植えを眺める都度何かしら様子が違っている。
 ぐんぐん伸びていく彼ら。あたしも真似て爪先で立ち両手を拡げ回転する。昨日と何ら変わったところがなくても。

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間違いのような


 菊の植わった傍に生えた植物はナガミヒナゲシだった。今朝、花を見るまで気付かなかった。種子ができるまでにわかり幸いと全て手で引き抜いた。残っていなければ良いのだけれど。
 草取りを終え買っておいたレモネードの口を開けたが、グレープフルーツの味に躊躇してしまう。よく見れば果汁は檸檬とグレープフルーツと記載されていた。
 母の面会に向かうのに、夏用の朝のコートを出した。軽く履きやすいメッシュの生地の靴はいつもの靴のサイズではゆるく、ルーペ型の中敷きを入れなければならかった。

 間違いのような夏の暑さ。
 バス停へ向かう途中、きじとらかさばとらか見分けの難しい猫に逢う。呼んでも来てくれなかったけれど、傍に行っても怒られなかったのでちょっと遊んでもらった。

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終わっても櫻


 零れ落ちるのが止まらない。花瓶の周りは八重櫻の花びらで白くなった。片付けるのもやめて、そのままにしている。それはそれで、それもまた美い。
 花びらが落ちても櫻。終えるまで櫻。終わっても櫻。

 成長するにつれ覚えたのは言語化。
 子供の頃からそうだった。萎れた花も枯れた花も好きだった。
 家に呼ぶような知人は此処におらず、指摘されることもない。花びらが残らず落ちるまで飾っておける。

 あたしがすることを不満がらなかった彼。
 櫻・・・、と声を掛けても気にする様子もないので、水を替え花瓶を戻した。

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