例えば秘密のノートに記すように。

cancion-de-la-abeja(みつばちのささやき)          

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ミモザとアカシアと


■シーン1)

 彼とふたり散歩の途中だったのだろうか。伊太利亜映画で見たような石畳の通りに立っていた。突然彼がああと声を出し、眼であれを見てと促す。振り向こうとすると、大きな猿を連れた老人があたしたちの脇を通り過ぎていった。
 老人の姿が小さくなると、或の猿の顔は苦手、と彼は言うが、顔は見ていない。余程驚いたのか嫌だったのか、口を開けたままの彼に、口が・・・、と言おうとすると、猿がこちらに向かってくるのが眼に入った。
 猿は眼が真っ赤で異様な顔をしていた。はらはらしたが、猿は長い鎖で繋がれていた。近付くことはなかった。
 向かってこようとしたね、とあたしが言うと、犬に気付いたんじゃないかな、と彼が言う。彼の足元には犬がいた。あたしたちが飼っている犬らしかった。

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 夢を見ていた。
 犬はちらっと毛並みが眼に入っただけで、種類はわからない。ふさふさの尻尾が可愛いと彼が言っていたコリーだったのだろうか。それとも、飼うなら絶対柴、できれば黒い毛の、とあたしが言っていた柴犬だったのだろうか。
 猿は恐かったけれど、悪くない夢だと想った。


■シーン2)

 部屋の中。アカシアを活けた花瓶。忙しなく玄関を出ていく彼。会社へ行こうとしているのか、バンドの練習に行こうとしているのか、不明。上は麻の墨色のジャケットを着ている。
 玄関にはバケツがみっつ置いてあった。どれもアカシアの花が挿してある。忘れたの声と同時に、壱度閉じられた玄関の扉が開く。玖割の割合で彼は忘れものをとりに戻ってくる。
 どうしたの、此の沢山のミモザは?(何故かミモザと言っていた)、と訊くと、誰も貰ってくれなかった、と言い彼は再度玄関を出ていった。
 (夢なので勝手に)此のアカシアは彼が売る分だったのだと、売れなかったのであげようとしたのだと、解釈する。あたしなら全部貰うのに、と想った。

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 夢から覚め、アカシアは彼でなく他の誰かが売る分だったのではないかと想う。また損な役割をさせられたのではないかとも想ったが、そうでなく責任感から自らしたことではないだろうか。
 責任感の無い者は他人を苦しめる。ある者は・・・。
 あの後沢山のアカシアにうたったり踊ったりして何日か暮らした自分を想像し、笑った。

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長閑な日


 昨日の雷雨が運んできた空気が辺りをやわらかなものにしていた。
 表は随分風がある。麻の長袖シャツが肌に気持ちいい。信号機の向こうに見える陸橋に掛かる真っ白な雲と青い空も、なんとなくすっきりし爽やかに眼に映る。

 アメリカンチェリーだと想い買ってきた少しだけパックに入った佰伍拾圓の見切り品のさくらんぼは、国産のものだった。アメリカンチェリーほどの赤い色の濃い国産のさくらんぼはこれまで見たことがなく、勘違いしてしまった。
 ひとつ摘まむと甘酸っぱい味が口に拡がる。小皿に乗せ、贅沢しちゃった、と彼に持っていく。値段を考えるとちっとも贅沢ではないのだけれど。彼は彼で、大きさが全く違うのにわからなかったの?とちょっと呆れた声を出す。
 時折カーテンがゆれる部屋。長閑な日。

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煙の行方


 雨は土砂降りになった。閉ざした窓から雷鳴が忍び込む。
 わんわん泣かないだけで、恐いのは子供の頃と変わらない。

 昔だったら、そして広い庭のあった頃なら、彼の服や布団を壱枚壱枚火を点けて燃やしただろう。昇っていく煙を見上げながら、いつまでも倖せでいて欲しいと願っただろうか。
 最後は業者に頼むことになるだろう。其れがわかっていても、できるところまで自分の手でしたい。時間の無駄かもしれないが、心を満たすことと自分の性格を考えると、そうなる。

 処分毎に線香に火を点ける。
 雷の鳴る空まで煙が昇ることはないだろうと想っても、心は割り切った答を必ずしも出すとは限らない。雷鳴に不安がり怯えるあたしの横で、其処まで近くないからと平然とした様子の彼を感じる。アイスクリイム食べないの?、と訊かれた気がして取り敢えず立ち上がる。

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調和音


 とうに賞味期限の切れた麦茶のティーパックと緑茶を塵袋に詰めたとき、そうか棄てる気になれなかったんだ、とつぶやいていた。廊下や玄関に所狭しとと積み上げられた書籍やレコードを詰めた段ボール箱に、其の気になるまで待とうと想った。
 のんびりしている。おっとりしている。・・・と他人がくれた自分の形容詞は手軽に使うに便利で、時々其の形容に自分を当てはめ落ち着かせてしまうけれど、無理矢理自分を落ち着かせたり頑張ったりすることはやめてしまおう。
 日記を書く。洗濯をする。新聞を読む。珈琲を淹れる・整理整頓をする。お風呂に入る。そう云うことは何も考えなくてもできてしまう。食事をとる。夜拾時には寝る。散歩をする(外に出る)。音楽を聴く。電話をする(連絡を入れる)。此れは意識しないとできない。力が要る。映画を観る。読書する。トランペットを吹く。・・・と全くできなくなってしまったこともある。
 今はこれ。そこに集中すると、すくっと立つ自分がいた。雨音が耳に入る。ROSSOの「シャロン(月から抜け出す透明な温度だけ欲しいよ)」をうたいたくなっていた。

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朝が満ちる


 開けたての珈琲豆の匂いに、台所に朝が満ちる。其れは彼のちょっとした魔法で、どんなに昨夜眠れなくても此の時ばかりは背筋が真っ直ぐになる。例え丗分もすれば解けてしまう魔法だとして、背後から鼻先に封を切った袋を近付けられ、ほらっ、と言いたげな彼のまなざしは、壱日分の幸福に値する。

 今日は自分の物の整理をと、押し入れに詰めた箱を開け処分するものと残しておくものを分けていると、いとこから電話があった。玉葱ができたので送る、と言う。じゃがいもも一緒に送りたいので来週になると想うと話す。
 つきあいはいろいろなものが絡んでくる。そう云うことを脇に置ける人がいい。それが個人云々になるのかと想う。脇に置けないなら個人も消えてしまう。
 先月いとこふたりに彼の法要の出席を御願いした。ひとりは面識もなかったかと想う。けれど、それでいい。それがいいと想ったのだから。

 誰かを想う。心の内に朝が満ちる。此のまぶしさが壊れないようにと、午后の珈琲を口にする。

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