例えば秘密のノートに記すように。

cancion-de-la-abeja(みつばちのささやき)          

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人には人の、静物には静物の、


 参晩家を空けても紫陽花は枯れなかった。多少萎れところどころ花びらの先が茶色になり、元気をなくした紫陽花の水を替える。

 冬になり枯れて色が茶に変わっても、花の姿を留めたままの紫陽花は趣があり美しい。どんな立体作品にも劣らない。
 何を以って命と云うのだろう。父の机を想い、命、とつぶやいてみる。
 静物は何を見て、何と過ごしてきたのだろう。歳月や傷と共に、静物の内にも閉じられたものが存在する。夥しい数の記憶があり、それらの呼吸がある。そう想うと、物のひとつひとつが可愛らしく感じられ、自分が静物の何を知っているのだろうと疑問が湧いてくる。

 関わり方も愛し方も人に対してのものとは異なるけれど、比較できないものを一緒にしなくていい。
 人には人の命。静物には静物の命。関わったなら、埃くらい払って綺麗にしよう、と想うのが自然。

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真似事


 黒い染みができ汚くなってしまった父の机の天板に紙やすりを掛ける。家から粗い目の紙やすりを持ってくる筈が忘れてしまい、佰圓均一店で購入したものを使う。上に塗られた濃く茶色い塗料がしだいに剥がれ落ちていくのを嬉しく想っていると、母が様子を見に来た。壱時間半作業をしていたらしい。お茶を、と言われ丗分休憩し作業を開始する。更に壱時間半の時が過ぎ、全体に塗料が剥がれた天板は板本来の綺麗な姿を現した。
 再び様子を見に来た母は声をあげた。こんなに綺麗になるなんて、と。

 今日はここまで。今度帰省した際細かい処まで綺麗に剥がし、新たにニスを塗ろうと想う。
 いつか叔父が縁側に塗ってしまったベージュ色のペンキも剥がしたい。さすがに紙やすりでは無理なので、剥離剤を探しにいこう。それとも上に薄い板を貼るのがいいだろうか。

 それにしても父の鉋は何処へ行ってしまったのだろう。あれを使ったなら、あれが自分にも使えたなら、と想わないでもないけれど、真似事から始めていこう。
 手間が掛かることは気持ちがいいことに等しく、置き場所を決めている机に更に何を置こうか細かく考えていると、何もかもが無駄でなかったと想えてきて、全てがいとおしく見えたまらなくなっていた。

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大丈夫だからね


 陸時近くになっても今朝母に目覚める様子はなく、気が付くと弐度目の眠りに落ち起きたのは捌時になってしまった。
 母に尋ねると、初めて夢に伯父が出てきたと言う。大丈夫、と言われ目覚めた時には陸時を過ぎていたそうで、叔父との諍いを心配しもう大丈夫と言ってくれたのだと想う、と話す母の顔は明るい。
 忘れっぽくなったこともあり、母は未だに叔父が家に入り盗みや悪戯を繰り返していると想っているが、防犯カメラの画像に異常はなく以前のように家の中に形跡も見られない。何かと云うと話を叔父夫婦に繋げ愚痴を言うのでうんざりする。
 弐割は諦めたと母は言うが、諦めるに弐割も何もない。諦めたか諦められないか、ふたつにひとつだと想う。口にするのも耳にするのも汚らわしいと、あたしは叔父夫婦を消去してしまった。母の住む家を直し、叔父夫婦が手を付けた物の殆どを処分し、満足のいくものを新たに購入し、泥棒されて反って住みやすい家になって嬉しいと親戚や知人に許されるくらいの自慢をし、倖せになることしか考えていない。最初は悲しくて倖せになることを想ったのだったけれど、今は愉しく倖せな家になることを想っている。
 そうか、伯父が大丈夫と言ってくれたのなら、本当に大丈夫。そう想う。

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少しづつ


 取り付けて貰った内窓の支払いをし、暫し廿窓を眺めた後表に出てシャッターの掃除をする。開閉ができなくなっていた壱枚に、家から持ってきた潤滑スプレーを吹きかける。錆びついて端が取れかかっている部分はあるが、まだ機能しそうで、数度スプレーするとシャッターは上がった。
 部屋に明かりが入る。もうすぐだからね、そう言ってあたしは笑う。シャッターの内側の硝子窓を綺麗にしシャッターを元に戻した後で、硝子窓の高さを測った。カーテンは遮光のものは現在使っているものを持って行こう。レエスのカーテンは・・・、此方で探そう。

 少しづつ。此の速度が好き。
 帰ったら布団を壱枚塵に出す予定。だいじなものは最初に残したのに、いろいろ塵に出せず廊下や玄関に積み上げたまま置いてある。塵に出そうとする都度自身に話し掛ける。壱番だいじなものも弐番目にだいじなものも残したでしょう。
 壱輪挿しにした紫陽花が枯れなければいい、と頭の中はそんなことばかり。母は急かすことはしないので、今日も速度は保たれたまま。

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柘榴とゼラニウム


 ひとりで暮らしていると色々とどうしたらいいのだろうと想うことがある、と母が言う。

 田舎で人を探すのは今も容易でない。奔走していた父を思い出す。他人の話が情報の全て。電話をし、足を運び、の繰り返し。あれほどまで動いていた者は少なくとも生まれた田舎の村にいなかった。
 自分も父のようには動けないだろう。けれど母のどうしたらいいのだろうと云うのは不安から生じる想いで、最初から最後まで他人にしてもらおうと云う考えのない自分に母ほどの不安はない。
 あたしの不安は混乱に尽きる。が、最近電車に乗っても震えることは滅多になく、電話を掛ける際にも壱字壱句紙に記して用意しておかなくてもできるようになったりし、少し楽になった。

 アイフォンを手に、今はこう云うので容易に調べられるし、困ったら専門家の人に頼めばいいし、どうしたらいいのだろうとは余り想わない、と母に返すと感心した後、時代が、と言うので、父を振り返る。
 花瓶に活けられた柘榴と赤いゼラニウムの花が見事で口角があがる。

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