例えば秘密のノートに記すように。

cancion-de-la-abeja(みつばちのささやき)          

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小さな変化


 朝起きて洗顔後、なんとなく手入れしてみようと云う気持ちになり、爪化粧をほどこしてみる。足は薄紅、手にはベースコートの透明色で色を付ける。
 郵便受けから新聞を抜き、洗濯機を廻し、珈琲を用意し湯を沸かしていたとき、流しの横に置いたステンレス製の伸縮ラックの錆が気になり掃除を始めてしまった。
 気になったら始めてしまう。以前からそう云うところがあり計画性に欠けると想っていたけれど、其の性質のようなものがだんだん強くなってきた気がしないでもない。

 ラックの錆は満足のいくところまで落ちたものの、爪に弐箇所薄っすらと線が入ってしまった。剥がれ落ちてはいないので気にせず珈琲を淹れ、卓につこうとしはっとなった。
 改めて見ると白い脚。焼けた腕。手の爪と足の爪が全く同じ色に見える。

 成人したあなたが想像できない、と数人の友人から別々に言われた拾代の終わり。齢廿辺りから細胞の壊死が始まるのだと何かで読んだのは丁度其の頃。意識に入り込んだ壱日生きる毎に死へ向かっていると云う感覚。其れを奥の方へ閉じ込めて過ごしてきたけれど、今となっては無理は感心しない。

 ゆっくり息を吸う。自分の小さな変化を受け止める。記憶は引き継がれるものの、昨日の自分と今日の自分は同じではないのかもしれない。

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時期


 まるで、樹木が花をつけるよう鳥が空を渡っていくよう、人にも時期があることをしみじみと想う。
 歯医者通い保健が使えるのが拾月になると言われ、母の家の改築も其の頃だと言われ、引っ越しは冬の始め頃と想っておくのがいいだろう、とざっくり予定を立てていると、アパートの管理会社から電話があった。
 弐階の住人が引っ越し建物が古いので、と言われ、自分が最後の住人になったのだと想った。改築と歯医者の話をし遅くとも年明け頃には・・・、と返事をした。
 これで土地の問題も終わればすっきりするのだが、道理の無いものは数に入れられない。

 時が導いてくれるから大丈夫、と彼に伝える。
 あたしにも失敗があり、彼にも失敗はあっただろう。けれど、後悔するような、取り返しのつかない失敗はあっただろうか。胸に大きな風穴が空き、背に深い傷痕を作っても、目線は下がっていない。

 外は雨。
 梔子が花をつける日を愉しみにしている。

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秘密


 銀行が潰れたと誰かに教えられ、郵便受けに封書が届いているそうだから早く見て、母に言われる。
 郵便受けを覗くと長形肆号の茶封筒が入っていた。宛名は銀行名、中身は薄っぺらい薄っぺらい内容の用紙が壱枚。何をどうしろとも記載されていない。
 気が付くと隣に彼がいて契約書と証明書を用意するよう言われるが、貰ってなどいない。すると今度は長葱を用意するよう言われ母が渡すと、上まで要らないから、もったいないからおかあさん切ってください、と母に短くしてもらっている。
 そこで目が覚める。

 心配しているのだろうか。家賃の支払いがなくなれば、先々暮らしていける予定。
 調子、と言うより此の弐、参日気分が落ち込んでいる(気圧の関係だろうか)。今日も午前中ぼうっとしてしまった。夕刻胃の辺りに痛みを覚え何だろうと想ったが、膀胱炎になりかけていたのだと気付く。トイレに行くのを忘れてしまっていた。数年振りのことに戸惑い落ち込みそうになる。
 波があるだけ。誰も知らなくても自分はわかっている。

 或の夏のふたりで過ごした冷えた静かな部屋にあたしはいつでも行ける。どうしたら彼に逢えるか、知っているつもり。
 夢に出てくる彼はもう痛がってもなく頬も脹らんでなく顔も歪んではいない。
 珈琲は飲めるようになったでしょうか。また夜更かしをするようになったのでしょうか。お酒を飲むならほどほどに。今年も大きな亀が卵を産むようになり、ちょっと困っています。で、何故葱だったの?わけがわからず、あなたほど素敵な人はいないと言ってあたしはまた笑っていました。

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好きにしよう


 子供用の胸当てのあるズボンは、もう壱枚購入を考えるほど穿き心地が良かった。
 下着をつけなくても胸の辺りを気にしなくていいのは助かる。其れに麻の入った生地。今朝はアレルギー疾患の薬は飲まなかった。壱日我慢できないと感じるほどの痒みは出なかった。

 今日は昼過ぎまでひたすらぼうっと過ごし、午后になって片付けをした。
 だんだんとどうひとつにまとめたらいいか形が見えてきた。最後は業者に任せることになるが、或る程度自分で箱に詰めることをしておきたい。引っ越ししたら、数秒でも早く暮らしを整えたい。
 機器類は相変わらずよくわからず、見当をつけるまでしかまだできていない。其れは自分がおばさんだからでなく、若い頃であっても同じだったと言える。齢だとか時代だとかひとり暮らしだとかは、本当の理由にならない。

 参度も切ったのにまだ背中に届く髪。そう言えば父親と彼には、好い加減で、と言われ止められたことがないなと想い、ひとりですることは好きにしようと改めて想う。
 そろそろガーゼケットとトトロの面毛布で寝てもいいだろうか。子供用の寝具は、寝相の激しく悪い自分にも困るほど絡みつきはしない。

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夢現


 目を覚ますと彼が丁度和室に入ってくるところだった。あたしの様子を見に来たらしい。雨戸は既に開いていて、部屋の中は明るくなっていた。遠くで鳥の声がしている。そろそろ起きる時間だと知り布団から抜け出す。洗面所に向かう途中で彼の部屋を覗くと、パソコンの画面が開いていた。朝早くから音楽フイルムか洋画か何か観ていたのだろうか。
 顔を洗い着替えようと和室に戻ったところで、あたしはまた眠ってしまったらしい。

 再び目を覚ますと漆時を廻っていた。今朝はローズヒップハイビスカスティーと書かれた水で出せるパック入りの紅茶を淹れる。紅い色の綺麗な酸味のあるお茶が、今朝に相応しかった。
 今日は彼の部屋の棚の右の最後の整理に当てようと、進めていくと手持ちの付いた数個の黒いバッグに行きついた。確かDVDとかCDを入れておくバッグだったろうかと開けてみると、自分で焼いたと判るもので埋められていた。

 彼との日々は夢と現実の境目が曖昧になっている。俯瞰して言えばそうなのだろう。
 ふたり分のお茶とお菓子を用意しても、ひとり分手をつけられることはない。其れは眼に見てわかることだし頭で理解もできる。けれど人は全くの現実や事実のみで生きていない。現実と事実に足される思考。そして其の思考が数秒後、数時間後、数日後、・・・と新しい現実や事実を作りあげていく。
 彼にさえ話すことはないだろうけれど、あたしの思考と意志は自分で想う限りはっきりしている。彼にお茶とお菓子を用意することは、自分の生死観から来ているのかもしれない。

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