365日
2024, Aug 15
今日で365日ひとりで過ごしたとも言えれば、あれからも一緒に過ごしてきたとも言える。今日まで365日感心しない暮らしをしてしまったとも言えれば、ぎりぎりのところで暮らしになっているのはなかなかだとも言える。
彼とこれからも暮らしていくと云うたぶん自分にしかわからない想いと、或の日××さんには生きていて欲しいと言われた言葉が、自分に絡みついている。均衡の悪い樹木に絡みついた蔦を想像する。蔦のお蔭で倒れずに済んでいる樹木を。あたしが其の樹木なら蔦をいとおしいと想う。蔦はあたしがいなくても生きていけるけれど、どうせなら蔦の意図しないところで蔦に花が咲くようにと願う。
壱日のうち数時間は時が止まっている。そして、数時間は本当によく動いていて、自分で自分に泣けてくる。本人は想っていなかったのかもしれないけれど、あたしから見たら多感な時期に自身が想い描いた通りの生を彼は生きたと想う。其れを見てしまったら、自分もそうしたいと想うのは自然かもしれない。
夢は?と訊かれ、生きる姿勢と応えていた自分。好きな言葉は?と訊かれれば、初期衝動、と。彼を想うと歩き始めた処へ戻っていくような感覚。
枯れそうで枯れない竜胆が、今日もきれい。