例えば秘密のノートに記すように。

cancion-de-la-abeja(みつばちのささやき)          

忍者ブログ

頁を戻る頁を捲る

最後の壱滴まで


 参段になった収納ケースも処分することになった。中身が見えない仕様になっているうえ引き出しが外れない。玄関に置くのにひとつこう云うものが欲しかったが、引っ越したら使い道が無くなる。
 引っ越したら新たに家具を購入しよう。そう想ったとき、どうせあと何年かの命だろうしなどと云う考えが自分にないことに気付く。最後の壱滴まで、最後の壱秒まで、次のことを想っていようと考えたとき、彼がそうだったなと想い弾んだような気持ちにさえなった。

 帰省前に駅の向こうまで買い物に行き、其のとき書店に注文した本を受け取りに行く。
 アンドリュー・ワイエスの画集は高額なのと探さなけば手に入れられないとわかる。注文して手に入るのが作品集だった。家に帰るまで待ちきれず、途中ベンチに座り作品集を開く。監修した人で違ってくるのだと想うが、数頁捲っただけで此れは値以上の本だと感じ悦ぶ。

 今、あたしは自分の想い通りに動いている。
 是までもそうだったように、想い通りに動いても彼が想い通りに動けなくなるわけでなく、彼も想い通りに過ごしていた。
 衝突しない我が儘がふたつ。最後の壱滴まで彼といられそうだと想うと愉しくなってくる。

拍手

      郵便箱

頁を戻る頁を捲る

落ち込んだ日


 周りの人と同じように、壱日にふたつ以上の物事を同時進行できるようになったと想っていたところ、大失敗をした。折角チケットの当選通知が届いていたのに、昨日までの支払いをすっかり忘れて、無効になってしまった。
 今までひとつしかできなかったので、忘れるなんてことはなかった。良いのか悪いのか、落ち込んで判断もつかなければ考えもまとまらない。

 今回の帰省で受け取ってきた法名軸に向かい、言葉を落とした。
 壱番の優先チケットの申し込みは逃してしまったが、幸いなことに新たに次の優先チケットの申し込みが今日から始まっている。落とした言葉に、大丈夫と自分で返す。
 今日も泣いてしまったけれど、心は折れていない。

 メモ帳に事細かに覚え書きを記す。
 色を付け矢印と線を書き込んだ去年の玖月から拾弐月につけた覚え書きに習おう。混乱せず思考停止にもならなかった日々が、不思議な日々から日常になればいいと想い。

拍手

      郵便箱

頁を戻る頁を捲る

曼荼羅の模様


 昨日から塗っている曼荼羅の模様が完成し母に渡すと、溜息を吐かれた。うっとりしながら、自分のとは全く違うと言いまた溜息を吐く。
 デイサービスで塗り絵を行う時間があると聞いてはいたが、まさか曼荼羅の模様に挑戦しているとは想ってもなかった。根気が要るのに何枚も染めている母に、あたしの方が感心する。
 塗って欲しいとあたしに渡されたのは、ひとつひとつの模様が大きかった。だが、ひとつひとつの模様が大きい方が難しいと母は言う。此れも大きいと見せられた画と母の塗り方を見て、此の蓮の花は桃色壱色でなく花托に近い花びらの方からこんなふうに赤を入れたら、と自分の塗ったものを指さす。
 早速塗り始めた彼女は数分後、花らしく見えるようになった、と喜んだ。蓮の花が並んで幾つも描かれた画は華やかになり、完成したら素敵だろうなと想った。

 そんな気が起こらない、と此の間まで母は言っていた。それが塗り絵をし、卓には藤沢周平の文庫本まで置かれている。まだ叔父夫婦の話をしたがるのは直らないが、止めるとすぐに止めるようになった。
 顔を浮かべたくなく名を口にしたくないあたしは彼らを(母の前でだけではあるが)糞と呼んでいる。自分が塗った曼荼羅の模様にどんな意味があるのかは知らない。母も自分も心豊かに過ごしていけるように、と完成させたことは母に黙っている。

拍手

      郵便箱

頁を戻る頁を捲る

失ったものと得たものと


 和室の壁の貼り替えを決めた頃、畳の壱部が下がっていることに気付いた。一緒に工務店にお願いしようか、親戚の畳店に相談しようか、今日も母と話していると、目打ちを使えば畳をあげられると言うので、鋳物のバケツを探る。目打ちと云う名こそ知らなかったが、見当はつく。同時にとうになかったことに気付く。あれも盗まれてしまったのだった。
 佰圓均一店で購入したキリを手に和室に戻ると、母はあたしができるか心配するが、試みてみなければわからない。適当な箇所にキリを射し持ち上げると畳は床から容易に離れた。
 床板に何の変化もなく、問題は畳自体だとわかる。後で畳を替えればいいとあたしが言うと、、場所を換えればいいと母が言うので他の場所に入れようとしたが入らない。畳の大きさが皆違うことを初めて知った。此れとなら収まるからと交換し畳を戻すと、部屋が汚れていることに気付き笑う。
 骨を折って損したねとあたしを労わる母に、首を振る。床板が何ともなってなかったことを知れたのと、畳が容易にあげられることを知ったあたしは上機嫌になっていた。

 父が残した目打ちも戻ることはないだろう。彼も是も無くなった。けれどまだ残っているものがある。彼ら、よりうまく使えるようになってやろう、と想う。それだけで人は倖せな気持ちに包まれるものなのかもしれない。

拍手

      郵便箱

頁を戻る頁を捲る

颱風の日に


 颱風の雨に降られずに母の家に着くことができた。

 最後に柱から時計を外し、仏壇の前に座るのに置いた椅子を残し和室は空になった。其の後で以前外して別の部屋に置いたままにしてあった弐枚の障子を元に戻す。
 次に帰省したときには砂壁に似せた壁紙から、薄っすらと紅色がかった壁紙に替わっている筈。押し入れの障子も中に透明のアクリル板を入れた戸に替えるので、部屋全体が明るくなっているだろう。
 部屋の様子を見てペンダント照明も替えてしまおうと想う。
 次の帰省もすることは一緒で、今度は台所に残したものを和室に壱時移動させなければ。

 雨は強く降ったり弱まったりを繰り返している。門扉と玄関の入り口の間にあるシャッターを久し振りに下ろす。
 今も此の家は父に守られている。自分なりにしかできなくとも、だいじにしていこう。

拍手

      郵便箱