扇風機の風
2024, Jun 13
丗度の暑さに、壱番いることの多い和室に扇風機を出す。
茶に灰を足したような色合いの扇風機は台所用にと後から家に来たもので、知らぬ間に彼が注文していた。此のメーカーのものは高額だと言うから気に入るものを探したのにと唇を尖らせると、これなら納得がいくと云うほど値が下がっていたんだよと事も無げに言う。やわらかな風は気持ちが悪くなることもなく、エアコンのない台所に温風を行き渡らせる為に真冬も使用していた。
台所に扇風機はもう要らない。ゆっくりと御飯を食べることがなくなってしまった。
エアコンのない部屋、カタカタと音を立てる扇風機、毎年痩せていた夏、白いワンピース、海と野外ライブ、・・・。
部屋は過去と現在が行ったり来たりしている。洗面所に置かれた使われなくなった歯ブラシを未だに棄てる気になれず、そのままにしている。時々長い髪をした彼が現れて、歯ブラシをくわえている。まだ梅雨にも入っていないのに、あたしは窓の外にのうぜんかずらの朱い花を探す。
また睡眠が想うようにとれなくなっていて、夕刻ふらふらしてしまった。
御飯を食べなさいと彼も彼の友人も何度も言うので、夕食に豚肉の薄切りを茹でる。薄く切ったトマトに胡瓜、それから粗い千切りにしたレタスと混ぜ人参ドレッシングをかけて食べる。
萎れてしまった紫陽花は押し花にした。昔、買ってもらった紫陽花のブローチを思い出し和室に行き扇風機に当たる。
濡れた頬を、細く綺麗で少し曲がった彼の指と同じようにやさしくて不器用に扇風機の風が撫でていく。