例えば秘密のノートに記すように。

cancion-de-la-abeja(みつばちのささやき)          

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留まらせるもの



 弐枚の印刷物を交互に眺める。
 静かな青い絵。安いものでいいので額縁を買い飾ろうかと想ったのだけれど、暮れは過ぎてしまった。屋根が並び其処に雪が降る壱枚は拾弐月が似合う。もう壱枚の方なら壱月でもいいなと想うが、椅子に座ったまま動けずにいる。
 どうやらあたしの頭はすっかり片方の絵に囚われてしまっている。
 天気は快晴。風が暴れている。踵はとうとうがさがさになってしまった。なのに三好達治の詩が浮かんで消えない。
 あたしを留まらせるもの。好きな色、波音、砂浜、群れを成し飛ぶ鳥たち、森の入り口、森の奥、雨、雪、歌、詩、・・・。それから絵。

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春までに



 バケツに入っていたのは暮れの頃と変わらず、蝋梅と南天。然も南天はあちこち実がこぼれている。南天は壱日と持たないかもしれない。仕方なく店を後にする。
 家に帰るとふたつみっつ莟を持ったブーゲンビリアが迎える。水やりが足りないのか寒さでなのかガジュマルの葉はみっつよっつ黄色くなってしまった。
 春までにあたしがすることと言えば、鉢植えたちを枯らさないことと亀たちの甲羅が弱ってしまわないように気をつけること、冬に花瓶に活ける花を知っておくこと。
 悲しくならないように。

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自由


 休日も連休も平日と変わらない日になりつつある。予め用意されたものや与えられたものがたいして意味をなさなくなった。
 ひとりですることの殆どは何をどうしても勝手だけれど、そればかりでは愉しくない。自身を律し克己するほど鳥にでもなったような気持ちになる。
 ブラウン管の向こうに観た冬の森の狼に、群れない狼になりたいと想った気持ちを未だに持ち続けている。其れが子供だと世間離れしていると言われることになっても、狼の姿の方が魅力的に映ったままで・・・。きっとあたしはこのまま老いていくのだろう。

 人ひとり歩いていない国道。脇をぎりぎりで走っていく車。時間がもったいなくて肆つ先のバス停まで歩く。立って待つより歩いている方が考え事をするに適しているように想える。それにしても××らしくと云うのは難しいと今日も唸り乍ら。

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賑やかな日


 朝、花火があがる。カラオケの大きな音が家の中まで届く。昨日町の放送が達磨市云々と知らせていたことを思い出す。正午を過ぎるとカラオケの音と入れ替わるように風の音が賑やかになる。
 玄関前は落ち葉と埃であふれシャッターを落とし掃除をするが短時間で終わらず、風が治まるのを待つことにした。
 今日中に風が止むことはないだろうと想ってはいたが、壱時的にでも弱まることはなく、自宅ばかりでなくあちこちから聞こえてくる烈しい音に掃除の続きは諦めた。

 好きなのは例えば賑やかでなく活気あふれる通り。そんな通りを思い出し夕食のカレーライスをこしらえるあたしの足元で、風の音を気にすることもなくくつろいでいる亀たちに笑うと、ざわざわとしていた胸は元に戻っていた。

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ミルクティー


 珈琲でなく、ときどき紅茶が飲みたくなる。其れも茶葉を牛乳で煮出したうんと濃いミルクティーを。
 茶葉が用意に手に入らない町。仕方なく黒すぐりがブレンドされたとっておきの茶葉を使う。小鍋を買おう買おうと想いつつまだ手に入れてなく、紅茶をこしらえるには大きな鍋で茶葉を煮る。
 できあがったのは砂糖もスパイスも入っていない好みの濃さのミルクティー。黒すぐりの匂いは残っていた。
 随分と贅沢なミルクティーになったので、朝から卓に彼とカエルの人形を招待する。服も白のタートルネックセーターの上に羽織っていた上着を脱ぎシャツワンピースにする。
 音楽をかけるほど香を焚くほどの気分にはなれなくても、幸福を拾う暮らしは続いている。鍋底に残った茶葉を消臭剤にしようか掃除に使おうか、考えているだけでも進む時間がやさしい。

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