例えば秘密のノートに記すように。

cancion-de-la-abeja(みつばちのささやき)          

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白梅


 葉が萎れ実を落とすようになった南天を乾燥花にした後、藍色の花瓶に活ける花はみつからないままだった。いつもの店を覘くと水仙とねこやなぎを束ねたバケツの脇にひとつだけ白梅の枝が残っていた。ねこやなぎは余り元気があるように感じられず、白梅の枝を買って帰る。
 紺色の花瓶に活けた蝋梅は、花を幾つか落したものの未だに萎れない。白梅も長く飾っていられるだろうか。

 壱月も終わりになると隣町の梅林が気になり彼と出掛けた。白梅、紅梅、黄梅、八重咲に枝垂れ梅に、それから椿。
 梅林も薔薇園も曼珠沙華の続く道も此処にはないのだけれど、脳裏に焼き付いたものは幾つでも何度でも壱度にあたしの前に現れる。鳥をみつければ其処へ、猫をみつければ其処へ。彼とあちこち動き廻っては笑う。そうして、梅の匂いがするね、と言っては立ち止まる。

 花瓶に活けた梅からもあまく清々しい匂いがする。立ち止まってははぐれないように彼の後を追う。

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海まで×キロ


 昼時太陽の昇る位置が南と知っていても、左右の感覚が無いことが東西南北を狂わせる。此処に来て壱年、やっと海がどの方向にあるのかわかった。今まで逆の方角に海があるのだと想っていた。そして参方に見える山の方角も勘違いしていたことに気付く。形が綺麗なだけに富士山だけは名前がわかり方角も間違えてなかったけれど、他の山は海と富士山を考えると有り得ないと知った。
 それでも土手を歩けば山の色も川の色も藍色に染まっていて、枯れ草は麦わら色で輝いていた。橋の下には釣りに来たとわかる参人の少年がいたが、幾ら今日が春のような陽気とは言えひとりが川の中に入っていくので驚いた。すぐに上がる様子もなく、もうひとりもスウェットパンツの裾をたくし上げ川に入ろうとするのが見え笑ってしまった。何故だか嬉しかった。
 持っていない感覚は仕様がない。色や温度や肌にふれた感覚で野を往く。鳥の影があたしを追い越していく。向こうにあるのは海。

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寝相


 調子が良くないので横になる。大抵は寝不足、・・・だと想う。
 サンルームと化した弐階の部屋。まるくなり顔を埋めて眠る。
 眠るときは顔を腕や布団で必ずおおう。仰向けができず躯は常に横向き。
 ほんの少しのまどろみ。・・・だったのにブランケットは何処かに行ってしまっているし、お腹が出ているし、眼鏡は変形しているし、寝相の悪さに呆れる。
 冬になり毎晩一緒に眠るようになった亀は、布団から遠くに追いやられていたり、尻の下でもがいていたりしても文句を言わない。気に入らないと噛みつくことがあるのに、あたしは壱度も噛みつかれたことがない。亀でさえ諦めているのかもしれない。
 なんとか直すことのできた眼鏡。
 ベッドは使っていない。布団を落として眠ることがわかっているので。

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自転車に乗って


 自転車に乗るには少し強いかと想う風。けれど冷たくない。自転車にまたがると生ぬるい温度が頬を過ぎていった。
 疲れない範囲は片道肆拾分くらい。ぎりぎりの母の入院先。国道は危ないとわかったので参分だけ我慢しあとは土手の上を走る。
 帰ったあとで食べようと想っていた苺味の小さなチーズは、久し振りの自転車での面会と風の強さが心配になり、出掛ける前に食べた。
 行きは追い風だった。当然帰りは向かい風。坂道が上れない。息が激しくなり、「口から苺が出そう。」と泣き言を言ったらいつのまにかついてきていたカエルの人形が背中を押してくれている。おまけに「彼」のことを呼んでいる。
 自転車の車輪に絡まっているのは、金色になった麦、一眼レフのカメラ、菜の花、拾った波の音、いつも彼が持ってくれた檸檬ジュース。海まで×キロの立札が天国までの距離を想わせていた。

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方眼の雑記帳



 お気に入りだった雑記帳をとうとう使い切り半月。絲で閉じられ表紙が無く薄さも好きだったのに、販売されなくなっている。仕方なく購入した雑記帳は、絲で閉じられてはいるものの表紙があり少し厚みがある。けれど方眼になっているのと、筆圧の弱い自分でも難無く書ける紙質が気に入り、今日新たに伍冊買い求めた。
 自分も明日突然具合が悪くなりそのまま家に戻らないことも決してなくはないのに、雑記帳と筆記具は買い置きしておきたい。数箇月米袋のない生活をしても苦だと想わず、欠かさず花を買っていたりした。価値観ばかり優先し生活するのはよくないのだろうなと想っても、価値観に付属する幸福にいつも負けてしまう。
 半分以上埋まっていない冷蔵庫で凍ってしまったヨーグルトや柚子の砂糖漬けに苦笑するのに、今日も肉も魚も忘れてきてしまった。

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