例えば秘密のノートに記すように。

cancion-de-la-abeja(みつばちのささやき)          

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贈り物


 綿でありながら麻のような白色ではあるものの薄く灰がかかったようなワンピースをセーターの上から着て袖と丈を見る。直さなくても着られそうだと両手を拡げ壱回転する。
 彼と離れていくようで、其の日を迎えるのが嫌だった。
 自ら死を選ぶのはもっと(何より)格好悪い、と記したことを彼自身は憶えているだろうか。そんな言葉たちの元でぎりぎりのところでこちら側に留まっていたあたしを、彼は気付いていただろうか。
 (生きることを)愉しまなきゃ、と彼が言っていたので、あたしは服を買い花を摘み、きっと其の日ケーキも食べる。其の日まるで合わせるかのよう忌まわしい事柄が終結することも決まっている。
 憂鬱な気持ちとそうでない気持ちが交互にやってきてはあたしを突いている。

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例えば其れは


 例えば其れは、歩道橋の向こうに咲いていたのがアカシアだと知ったとき。何処からか現れた黒猫が足元で腹を上にし寝転んだとき。先日と同じように菜の花を摘み家に持ち帰ったとき。大袋で売られているキャラメルをみつけたとき。
 昨日の記憶がやってくる。彼が傍にいて一緒に同じものを見ている。

 「あれから<13、」約弐年半の歳月が経ち、其の日が決まったと知らせを受けた。
 今更何も欲しくないと想ったけれど、あたしに随分と有利に話が進んだことに父も彼も安堵しているのではないかと想うと、嬉しいと形だけでも言葉にしてみる気になった。
 嬉しい。そう言うと、嬉しいと云う言葉が口を継いで出てくる。

 例えば其れは、羊歯で編んだ手頃な大きさの手頃な値の籠をみつけたとき。にゃあが××ちゃんいますかって遊びに来たと早朝彼に起こされたとき。窓の外で鶯の鳴き声がしたとき。花火大会が終わり彼と家路に向かうとき。
 ぽんと小さくはじけるものを、ふわっとかすかに灯る明かりのようなものを、自分の内側から自分を撫でているものを、感じずにはいられない。

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耳と眼と


 大雑把な母は、日向に置いておけば大丈夫だから、と元気のなくなった姫林檎の鉢植えの場所を替えただけだった。
 茎や葉に付着しているものが気になり、調べて其れが白カビなことが判った。うどんこ病に、と記された容器をみつけ、早速全体に液を吹きかける。

 母はおそらく耳で聞き取りこれまでいろいろしてきたのだろう。病院で出された薬の袋を渡しても、朝飲めばいいのか夜飲めばいいのかといちいち訊いてくる。父は耳でなく眼を使っていたのかと想う。薬の袋を渡すと眼鏡を掛け壱行壱行記された文字を確認していた。自分も多くは眼で確認する方で、夫もまたそうだった。
 自分と異なり物を見ない記されたものを読まない母が理解できず困ったなと想っていたが、口頭で伝えればよかったのだと知る。
 が、文字を好む自分はそれで時々母に疲弊する。

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檜の板


 梯子の汚れを落とすと、今度は塀が気になった。
 鉄製の引き戸の下のレエルが半分無くなっているが、叔父が取ってしまったと聞いている。錆止めスプレーを吹きかければそれなりに動くのに、何故取ってしまうのだろう。空き巣に入るとき、音が立たなくて都合が良かったのだろうか、・・・とそんなふうさえ想えてくる。
 其の引き戸は両脇の塀のトタンと同じに青いペンキで塗られている。母も意向は訊ねられなかったと言う。よりによって嫌いな青か、と眼にする都度あたしの落胆の気持ちが大きいことなど叔父は想像もしていないだろう。然も其のペンキがあちこちについたり落ちたりしているのだ。

 屋根も塀もまた工務店に相談する考えでいるが、トタンの内側に使われた板を見ると、雑巾で拭かずにはいられなくなった。
 檜だと想うのだが、拭くとやはり綺麗な姿が現れ、撫でてしまっていた。特別注文しなくとも昔はこう云う板が普通に使われていたことに感心する。

 自分が良いと想ったものは何年経っても良いと想えるし、好きなものは何年経っても好きなままだ。其処に安易に他人は入れない。

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木製の梯子


 父の使っていた木製の梯子を玄関の脇に立て掛けていたが、叔父の付けた青いペンキがずっと気になっていた。
 先ず埃をかぶった梯子を固く絞った雑巾で拭いていくと、杉板のような焦げ茶の色が現れ驚く。こんな綺麗な姿をしていたのかと想うと、青いペンキの跡がますます汚らしいものに感じられ、叔父のしたことが改めて腹立たしくなった。と言っても屋根のペンキの塗り直しは関係が良好だった頃のことで、好意でしてくれたことだろうからと想ったあとではっとなった。
 父が亡くなり此の家と土地を継いだのは母だと叔父は想っているだろう。いとこの継いだ畑のことを考えても、或の頃から此の家を好きに使おうとしていたと云うのもあり得る話ではないか。
 拭いたあとはヘラを使いあちこちについたペンキを剥がした。うまくれ剥がれないところには紙やすりをかけた。長い間に左右の長さが違ってしまったが、あとで鋸を使い合わせればいい。但し鋸は叔父が持って行ってしまい家に無い。塵でしかないペンキの空き缶とか使ったあとの汚れた道具ばかりが家に残っている。父ならそんな使い方はしない。
 汚れを落とした梯子は色が良く木目も綺麗で想わず撫でてしまう。見上げたあとで、自分でも想っていなかった言葉が口を突いた。これで守り神が元に戻った。汚れを落とした梯子にはそれほどの存在感があり美術品のようにも想えた。

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