例えば秘密のノートに記すように。

cancion-de-la-abeja(みつばちのささやき)          

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まるで夢のような日々


 まるで夢のような日々、まるで夢のような日々、と段ボール箱の口を閉じる都度放たれる言葉を遅れることなく耳は拾う。

 小学校へあがるまでの記憶は殆どないのに、其の後は愉しかったことも印象深いと感じたことも嫌だったことも辛かったことも誰かを傷付けたことも疲れるほど憶えている。其の記憶こそ変わらないのに、どうでもよくなってしまったほど、彼とのまるで夢のような日々が今の自分に残っている。
 喧嘩したことも嫌いだと想ったことも、思い出す傍から花が零れ落ちる。何の気も遣わないほど信用しあまえていた自分を想う。

 昔の彼の寫眞に可愛いなんて想っては、(たぶん)満面の笑みを浮かべている。弐年くらい前に寫した寫眞は部屋に飾っていない。頬が膨らんで痛々しそうなのもあるけれど、自分だけ齢をとっていくのだと想うとたまらなくなる。
 素敵なおじいさんになると想ってた。

 あたしが先に亡くなるから、花は梔子か椿を添えて。
 ひとつだけ聞いてくれなかった我が儘を口にして今日も眠りにつく。

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傷口


 負傷した指の血が落ち傷口がはっきりすると、何故手が血まみれになったのか理解できた。道理で絆創膏を重ねて貼ったくらいでは治まらなかったわけだ。
 今は血は止まっているのに、切れた皮膚の間が赤い。痛みもあり、弐、参日では治りそうにないけれど、膿んではいない。自分の傷ではないように想えて暫くみつめた後、椿油かオリーブ油が残っていた筈だとやっと閉じた段ボール箱の口を開ける。

 夢中になると、他のことに意識がいかなくなってしまう。トイレも睡眠も食事も忘れなくなったのに、怪我はよくわからないことが多い。痣ができてもいつできたのか憶えていない。でも、そんなことはもうどうでもいい。
 倖せになれた感覚と、せっかく倖せになれたのだから自分を倖せにしてくれた人をなぞり倖せで居続けようと云う想いさえあれば、それでいいではないか。

 生家の周りにあった森は今ではみな無くなっているだろう。確か父と彼が眠る寺の周りには残っていたような気がする。
 杉の樹の或の太い幹。雷が落ちて真っ二つに裂けようが微動だにしないような或の姿。あれを自分に据えたい。
 ・・・と想う傍から、傷口がちょっと何かにあっただけでも痛くて、声をあげてしまった。

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閑散と


 風呂上がりの温まった躯をもふもふの生地の寝間着で包む。温めた牛乳と電気ストーブを用意し、高さの無い小さな机の前に腰を下ろす。ラグは既に取ってしまってあるので、赤いマットを弐枚敷いている。周りには雑記帳、覚え書き帳、家計簿、筆記具、リュックサック、ガムテープ、・・・、と散乱している。カーテンは遮光カーテンのみで、レエスのカーテンは処分してしまった。
 隅には積み上げた段ボール箱があるが、物がなくなった(ように見える)部屋が気持ちいい。ひとりで過ごすにはこれくらいが良いのかと想う。閑散とした部屋との均衡がとれているのもあるだろうか。
 そんなことを想っていると、ガーガーとした不快な音が耳に入ってきた。裏の大きなアパートの当たりから聞こえてくる。エアコンの室外機の音のようだが、余りにも酷い音を立てている。そろそろ朝だけでもエアコンを使おうかなと考えていたけれど、どうしようかと想ってしまう。
 これからはカエルの人形と亀たちと本と、閑散とした日々があたしのともだち。賑やかだった日々の懐かしさはとうに過ぎてしまっていた。

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悪戦苦闘


 死にたいと想う。誰にも逢いたくない。けれど、夫の友人はやさしいのでもう壱度逢いたいなと想う。
 壱日中何か口にしていたり、壱日中水さえ飲まなかったり、寝癖が気に入らなくて美容院に行って綺麗になった髪に鋏を入れてしまったり、・・・。そうかと想えばブラッドオレンヂに黒すぐりを足した味のヨーグルトをみつけ感激したり、引っ越しの荷造りに苦戦しているのに籤引きで玉葱ひと箱が当たってしまいくすくす笑ったり、と忙しない。

 左腕はもうすぐ限界になるのではないかと云うくらい筋肉痛になっているし、毎日傷を作ってはたいした傷でもないのに何故か血まみれになっている。けれど、其の甲斐あってかテレビ台を動かすことができ、下に敷いたマットと板を抜くことができた。
 にゃんとかにゃるもんだ。けれど、滑舌の悪さは一生治らないのかもしれない。にゃにゅにゅねにょ。にゃいちゃうにゃ。

 櫻の葉も殆ど落ちてしまった。終わりは始まり。始まりは終わり。

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其処に誰かがいたと云うこと


 電子レンヂと一緒に薬缶もゴミ置き場に出した。どちらも傷んでいるとは言え壊れてはいない。ただ、電子レンヂは定位置に皿を合わせ辛く、弐回に壱回失敗してはガタガタと今にも皿が割れそうな音を出していたと云う具合だったし、薬缶は母が何故かふたつも持っている(然も使っていない)。
 電子レンヂは彼も本当によく使っていたと想うと泪ぐんでしまう。人壱倍手が冷たいあたしが鍋摑みもせず温めた料理を卓に置くのを見て、同じように素手で摑んでは指を真っ赤にしていた彼を思い出す。壱度や弐度でなく何度も同じことをするので、其の都度呆れて見ていた。お昼にカレーパンを買ってきては愉しそうに温めていたことも、牛乳を温めては泡立て器で泡を作り珈琲にのせてくれたことも、よく憶えている。
 お疲れ様。ありがとう。そう言って今日も泣いてしまう。これからも物をそれなりにだいじにできそうな気がする。けれどいとおしくなるのものはできるのだろうか。

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