例えば秘密のノートに記すように。

cancion-de-la-abeja(みつばちのささやき)          

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人と人


 噛み喰いしばり)癖のある自分に、歯科医師が作ってくれたマウスピースを装着するのを忘れ、昨晩は眠ってしまった。次から何処の歯医者に通えばいいのか、まだわからずにいる。
 先週いつものようにやってきたいとこが、今日(正月)は来なくていいので親父の命日に一緒に墓参りに、と急に言われた時は先に電話くらいと想ったが、彼の性格を考え納得した。彼には前もって壱から拾まで確認する必要があるが、其の代わり昼食は食べさせてくれるのでしょう?と訊いたとして気を悪くする人でないことを知っている。彼は彼でそれで他人から好かれてきたのだろうし、あたしはあたしで細かいことで疎まれもしただろうが信用も得てきた。

 人と人。性格なんてどうでもいい。嫌いな性格などなく、性格が悪いと想った人もいない。性根の腐った者とはつきあいたくない。それだけだと想う。

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いつか


 工夫を重ねてみるものの、以前使用していた洗濯機ラックが設置できず処分を決める。それに拾年使用しても気に入った物にはならなかった。
 浴槽もトイレも掃除したことのない母の道具は、どれも汚れが付着していたり錆付いていたりして使い辛い。無ければ無いでどうにでもなるのが持ち家の良いところだろうか。
 此の家を住処と想えるまでどれくらい要するだろうか。いとおしく感じられるようになるのはいつの日だろう。壱日に壱日たいしたこともできず、することは隅から隅まで全部で、計算もできず見当もつかずにいるが、やりがいがあるとも言える。
 いつか、と想う傍らで亀が何事もないように歩き廻っていた。

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夢の中で


 気が付くと女性に組み伏せられ胸をさわられ唇を奪われようとしていた。突然のことに声も出ず抵抗するのが精一杯だった。
 頭上で大きな声がしたかと想うと其処には彼が立っていて女性を追い払ってくれた。

 一緒に帰り道を歩き出すと、眼の前にいっぱいの芥子の花が拡がった。其処は山道だった。
 他の登山客の後をついていくと、雄大な景色が現れた。中央に其れは見事な足のふるえるほどの深い谷が見える。

 谷を過ぎると日本とは想えない場所に出た。窓のないコンクリートの建物がぽつりぽつりと建っている。物蔭には軍服と想われるものを着用し、腰を低くし銃を構える者が何人もいた。彼の腕を摑み引き返そうとすると、女性の声に呼び止められた。女性は彼女ひとりだけと見える。口振りから上の立場の者だと窺がえる。男だけ残れと彼女は言った。あたしが彼の腕を放さずにいると、後で返してやると言われたが、目つきと唇の端で嘘とすぐに判る。
 すぐに銃を向けられ、あたしは彼を抱き上にかぶさるような形で倒れた。殺されたと想ったが生きている。銃は放たれなかったのだ。そう言えば音を聞いていない。
 どう彼女の隙をついたのだろう。彼の手を引き走っていたことと、国境線を越えたことだけを憶えている。

 目覚めると脚がだるかった。
 夢の中で助けられたり助けようとしていたり・・・。例え夢の中であたっとしても、助けられてばかりでないことが嬉しかった。

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植え替え


 玄関脇の物置と化した場所を整理するが、物を無くさないことには殆ど変わらない。草花が枯れ乾ききった土だけを残した鉢植えが幾つもあり、こちらの整理は幾らしても追い付かない。
 門扉の向こう、道路沿いに置かれた鉢も少し整理しようと手に取ると、おかしな鉢がふたつみつかった。ひとつは実のような花のような赤くまるいものが集まったもので、たぶん仙人掌の壱種だろう。中を覗くとポリプロピレンのようなものが見える。本来容器から抜き取り鉢に植え替えするものをそのまま鉢に入れたらしい。容器はちょっとふれただけでポロポロと崩れ、後の掃除がたいへんだった。もうひとつは葉の綺麗な樹木だったが、鉢植えの下から長い根が数本に渡って出ていた。取り出すのに容易でなく、終わると疲れてしまった。

 父が毎日不機嫌で苛ついていた理由がわかるような気がする。
 自身を弱らせない為には割り切ることは割り切ること。いつか母が亡くなり自分が生きていたとき、あたしは母の物をひとつも残さないのかもしれない。

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冬木立


 壱昨日歩いた方向とは逆に土手の道を歩く。
 午前中は曇っていたのに、晴れて川の上に上る太陽がまぶしい。ものの数分で躯が温まり上着を脱いでしまいたくなったほどだった。草木は茶色ばかりでなくところどころ緑が混じり、遠くに見える山並みや川の水面は真っ青な色をしている。こんなに綺麗だったろうかと想いカメラを向ける。
 冬は風のある日が多く毎日は歩けない。風の止んだ日にまた来ようね、と先を行く彼に声を掛ける。冬でなかったら、風が強くなかったら、此の人は土手を下りて行って川の様子を眺め魚がいると言っては手招きするのだろう。
 途中に星が引っ掛かりそうな細い枝を拡げた細い細い樹木をみつけた。まるで彼のようだと想い下まで行き見上げると青空を突き刺していたので、あたしはてのひらを差し出し彼が青空をとってくれるのを待った。

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