例えば秘密のノートに記すように。

cancion-de-la-abeja(みつばちのささやき)          

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命日


 余裕を見たとは言え、予定より弐時間近く早く帰ってこれた。すっかり覚えた道順とときどき変わる風向き。自転車でも疲れを感じなかった。
 見上げても其処に父の気配はなく、眠っているか家にいるかどちらかだろうと想いつつ手を合わせてきた。滞在時間およそ拾分。
 出掛ける前、夫にも声を掛けた。本人が埋められた場所へ行くのに一緒に行こうと誘うのは傍から見たら不可解なことだろうが、自分には其れが普通。生死観はどうしようもない。それに其の後弐度も逢っているなら仕方ないと想っている。
 他の誰でもなく向き合うのは自分。心を預けられるような相手ならともかく、他人の指示通りに動いてよかった試しがない。
 体裁など全く気にもしなかった父。全くではないものの自分もだいぶ父に似てしまったなと想い、袋に入った揚げ餅をどーんと父の前に置く。拾伍年目の彼の命日に。

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思い出すこと


 外は雨。暖房した部屋でスイッチの入っていない電気カーペットに亀たちと寝転がる。寒がりの大きな亀はブランケットに入ったきり出てこない。小さな亀はまとわりついて離れようとせず、本を読むこともできない。

 目を閉じていると嫌なことを思い出す。嫌なことを繰り返し思い出すのは人間の防衛本能だと聞いたことがあるが、疲れる。思い出すのは決まった人たち。心の内でまた呪いを唱えているけれど、仕方のないことだとも想う。信用を失うとはそう云うことではないか。
 嫌なことを思い出した後は幸福な時間を思い出すことにしている。嫌なことと違いこちらから働きかけなければならないが、思い出すことは定まってなく、思い出しているうちふいに思い出すことがたくさんあって、いつのまにか笑ってしまっている。

 気付くと小さな亀の姿がなく慌てて起き上がり弐、参歩進んだところで、背後からカポンカポンと馬の歩いているような音が聞こえてきた。振り向くと小さな亀が顔を上げ、どうしたのお?、と云うような顔でこちらを見ている。
 いつかこのことも思い出すのだろうか。ぎゅっと抱きしめた気持ちごと。

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日の入り


 降っているのか降っていないのか、判断が付かない空模様が朝から続く。
 傘をさし散歩に出ると、西の空の下の方が朱く染まり始めた。冬至の頃は日が短い。壱時間も歩いていると、西の空の朱い色は消えかかっていた。
 家に着き門扉を抜けると人感センサーライトが照らす。真っ暗になった家の中。内玄関の照明を点けていけばよかったと想う。

 陽が去ってしまうと、真夜中。此処でだんだんとそう云う感覚になっている。亀たちを風呂に入れ、昼に作り置きしたものを食べ自分も風呂に入り、アイスクリイムを食べたりしてくつろいだあとは寝てしまう。
 元々夜は苦手だった。けれどライブハウスに出掛けたり、彼と遊ぶのは愉しかった。クリスマスツリーの明かりを灯し、ときどき夢のようだった時間に浸っている。それから夜中に目を覚ますことがあると、弐階に上がり星を探したり。

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弐年目の


 久し振りに亀と鼻と鼻をくっつけて眠る。亀にとってもあたしにとっても良いことではないと想うものの、眠気で力が抜けると、鼻がふれても頬がふれてもそのまま眠る。
 それほど亀たちをかまわなくなり参年。どれほど放っておいても嚙みつく素振りを見せない。心配なのはまたこっそり彼に寫眞を撮られてやしないかと云うこと。

 面積にしたらとても狭い亀たちの世界。外で生きたらどんなふうにしているのだろう。考えても人間と同じことなのかもしれない。
 此処で暮らすこと。此処で倖せになること。
 此処に来て壱年経った。あたしたちは弐年目の冬を一緒に過ごす。

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冬のひととき


 ひと束漆拾捌圓。上から貼られたシールが売れ残りを語っている。
 細くてなかなか進められないと想いつつ、ベビーアルパカ入りの白くやわらかな毛絲を床に転がす。
 暗くなる前から寒くなってしまった部屋。早い時間から夕食をこしらえ風呂に入り暖めた部屋で毛糸を編む。間違えないように目をとり模様ができるのを何度も確認し、壱日で拾センチも進まない。それでもめげずに編んでいると、淡々と、黙々と、深々と、・・・、と好きな言葉が集まって来る。
 冬のひととき、贅沢な時間。
 此の分だと年を跨ぐだろうな。此の冬は雪を見られるかな。白い毛絲は幾らでもあたしの気持ちを拾ってくれる。やっぱり彼の好きなココアを買ってこようかな。

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