梔子の花が咲き
2020, Jun 24
信号の手前まで来たとき、向こうに見える緑に白いものが交じっているのに気付いた。梔子の花が・・・、と想うと足早にならずにいられず、あたしにしては弐車線の信号を素早く渡りきっていた。
今年の梔子の花は大きかった。其のひとつに顔を近付けるやいなや、マスクをしていても梔子独特のあまい匂いが鼻を突いてきた。昨日書店に行く道すがらアフリカンリリーの莟をみつけ、パティ・スミスのパワー・トゥ・ザ・ピープル(元はジョン・レノンの歌)でも久々に聴いてみようかなと云う気になったのに、たちまち其れは打ち消され、陸月ならばやはりビリー・ホリデイがいいな、となってしまった。
一方で不安を覚えつつ一方で弾むような気持ちで梔子の樹の脇のらせん階段を上ったのは、参月も終わりの頃だった。是非と想ったハマスホイとデンマーク展もピーター・ドイグ展も・・・も、あたしは出掛けなかった。なのに発券期間は漆月の当日までとなっていた予約済みのチケットの代金を握りしめ階段を進む自分がいた。或のときと同じように一方で不安を覚えつつ一方で弾むような気持ちで階段に立つ自分を撫でたくなったのと同時に、いつのまにかそんなにも梔子の花を胸に抱くようになっていた自分に頬を突きたくもなった。
雨が降ったらまた梔子のもとを訪れたい。其のときどんな音楽を聴きたいと想うだろうか。日傘の下でも雨傘の下でも帽子の中でもフードの中でも・・・、耳は胸から届く音楽を愛してやまない。眼もくちびるもゆびさきもたぶんそんなふうで、夏の匂いをふくむようになった空気に濃い影を探す遊びを再開し、帰り道は遠回りをした。